聖女がいらないなら、その聖女をボクの弟のお嫁さんにもらいます。そして王国は潰れ、ボクたちは幸せになりました、とさ。
「リュシア、アストリア王国から書状が来たが……これは破棄しても構わないな?」
「もしかして、エステリアを返してほしいって言う話だったりする、父さん?」
「ああ……全く、国王は信じていたが、息子はダメだな。エステリアが居なくなった後は、国民たちが大激怒したらしい。アストリア王国にかけられていた結界も薄くなってきており、魔物が押し寄せ始めてきているらしい」
「……自業自得だよ。エステリアは毎日教会で祈りをささげて、そんでもって王国を魔物たちから守るために結界も張っていたんだ……サシャって言う妹には出来ないね。それにあの女はボクたち寄りだ」

 父親である、竜魔王サディアスは送られてきた書状をすぐに破いてしまう。そして、そのまま黒い炎で簡単に焼いてしまったのを確認しながら、リュシアは呼んでいた書物を閉じる。
 エステリアをこちら側に連れてきて数週間、何度もエステリアをアストリア王国に返してほしいと言う書状が来ている。二人は無視しているのだが。
 切ったのは向こうであり、自業自得なのだ。
 そして、魔物たちが攻めてこないように、エステリアは結界を張っていたらしいのだが、その結界も徐々に失っていく形になってしまっている。
 王太子であるオスカーの隣に居たエステリアの妹、サシャも光魔法を使えるが、竜眼で相手の魔力を見ていたリュシアはエステリア以上の力ではないと認識していた。

「そのサシャと言う妹は光魔法は使えるのか?」
「いや、使えないね。ボクが感じたのは光じゃない。同じ、闇魔法だ……きっと、何処からか光魔法を闇魔法で盗んで温存していたのかもしれないね。そういう魔術を聞いたことがあるから……まぁ、盗んだとしても、もって半年ぐらいかなーエステリアの話だと、半年前に目覚めたって聞いたもん」
「まぁ、お前が言うならそうなんだろうな……母親譲りの『竜眼』を持っているのだから」
「あのサシャって女、ボクよりずる賢いよきっと。めっちゃ腹黒そうだもん。エステリアがオスカーに婚約破棄つき付けられた時、静かに笑ってたんだぜこえー」

(でも婚約破棄をしてくれたおかげで今、エステリアも……ヨシュアも幸せそうだもんなぁ)

 リュシアが今いる場所は父親の書斎だ。
 サディアスの書斎の窓の外に見えるのは、綺麗な薔薇の庭園で恥ずかしそうにしながら何とかエステリアと話を続けているヨシュアと、そのヨシュアの隣で優しそうに笑いながら話をしているエステリアの姿だった。二人はあれから良い関係を築けているらしく、姉として安心する。
 まさか、このように、うまくいくとは思っていなかった。

 あの後父親に話をしたのだが、最初は反対していたサディアスだったが、その後ヨシュアと、そしてエステリアもサディアスに話をしてくれて、何とか婚約をする形で収まったのが一週間前。
 一応手紙でエステリアの婚約の件を彼女の父親に送ったのだが、返事は簡易なもので。同時に「どうか、娘の事をよろしくお願いします」と書かれていた。家族には愛されていたんだなと実感できる手紙でもあった。
 全てがリュシアの手の中で転がっている。フフっと笑いながらリュシアはサディアスに目を向ける。

「これで後継ぎ問題は落ち着きましたよね。しっかり者のエステリアが隣に居れば、ヨシュアも安心だ!」
「……やはり理由はそれか。そんなに私の後を継ぐのが嫌だったのか、リュシア」
「子供の姿で成長が止まったボクがその椅子に座るのはおかしいでしょう?それに、ボクは一応女だ……ヨシュアの方が絶対に向いている。性格に難はあったけど、きっとエステリアが横で支えてくれるから大丈夫でしょう……これで、ボクは安心して自分の好きな事が出来る」

 竜魔王の国でも、そろそろ後継ぎ問題が出ていた。もちろん、ヨシュアかリュシアのどちらかが後を継がなければならない。
 父親であるサディアスはリュシアを指名したのだが、リュシアはこれを断った。まず、容姿が幼い事と、自分にはサディアスのように国を治められる力がないと思っているからである。
 だからこそ、リュシアはヨシュアを指名した。弟ならば頭も良いし、いざと言う時には頭の回転が速い。そして、ヨシュアの隣には聖女と言われた存在、エステリアが傍に居てくれる――これ以上何を求めるのだろうかと、笑いながらサディアスに目を向けた。
 静かため息を吐いたサディアスがリュシアに問いかける。

「……これから、どうするつもりだ、リュシア?」
「とりあえず二人が成長するまでは様子見かな?それが終わったら……そうだな、旅に出たいな。見た事のない世界を見てみたい……元々、冒険者になるのが夢だったし、憧れだしなぁ……」
「……相変わらず、お前は自由だな、リュシア」
「自由が好きなんだもの」

 フフっと笑いながら答えるリュシアに対し、サディアスは小さく呟いた。

「本当、お前のその性格は母親似だな」

 サディアスの言葉を聞こえないフリをしたリュシアは再度、二人の姿を見つめる。その時、書斎の扉が開いて入ってきたのはリューだった。

「竜魔王様、リュシア様、お茶をお持ちいたしました」
「……少し休憩にしないか、リュシア」
「そうだね、父さん。リュー、ボクはいつものお茶をお願いね」
「承知いたしました、リュシア様」

 いつものように、リューは素早い動きで、リュシアが好むお茶を用意してくれる。透き通るような綺麗な色をした紅茶が完成し、最後にレモン果汁を入れれば完成である。
 リュシアは用意されたお茶を、菓子と一緒に口の中に入れ、美味しそうに飲みながら居ると、サディアスがふと、思い出したかのように彼女に言う。

「で、リュシア。お前はどうするんだ?」
「え、どうするって、何が?」
「ヨシュアには既にエステリアと言う婚約者が出来た……お前は、そっちの方は、どうするんだ?」
「……」

 まさか父親からそのような発言が出るとは思っていなかったので、持っていたカップを落としそうになってしまった。お気に入りのカップなので、正直壊れてほしくない。
 驚いた顔をしたまま、呆然としているリュシアの顔が徐々に真っ赤に染まっていく。

「ちょ、え、と、父さん!こんな幼児体型のボクに結婚なんて無理無理!出来るわけが――」
「ダメです、竜魔王様」
「ん、リュー?」
「ちょ、リュー、何が――」

「リュシア様は私の未来の奥さんですから、誰にも渡すつもりはありませんので」

「「え……」」

 真顔で、はっきりと、そのように言ってきたリューの姿に、サディアスも、そしてリュシアも呆然としながらリューに目を向けるしかできなかった。

 一年後、アストリア王国は滅ぶことになる。魔物たちの軍勢により。
 民たちは竜魔王の娘、リュシアの提案により、竜魔王国に避難し、それから移住する事になる。
 王太子であったオスカーは最愛のサシャと共に魔物の軍勢に惨殺されると言う運命をたどったのだった。


 それから数年後、ヨシュアとエステリアの結婚式は盛大に行われ、ヨシュアは竜魔王に即位する。
 そんな二人の間には双子の兄弟が出来、末永く幸せに暮らす事となった。


 一方、リュシアは従者、リューと共に世界を見る為に冒険者となる。
 末永く、一緒に。

 END
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