スロウモーション・ラブ
帰り道、不意にりくが言った。
「あの先輩といい感じじゃん」
「えっ?」
うっかり過剰に反応してしまいごほんと咳払いをする。
りくにこの気持ちを知られたって別に構わないはずなのに、なぜか咄嗟に脳内で言い訳を考える。
5月にしては暑い陽気のせいか汗ばむ肌。
もうすぐ梅雨の時期へ移るからか、つないだ手がじわりと湿る。
「……」
やたら重い空気が落ちるのは、私とりくの仲なのに好きな人はいないと嘘をついてしまったからか。
きっと、それだけじゃない。
あの人が好きなのだと口にしてしまえば、なんとなく色んなものが変わってしまいそうな気がする。
私の口からは誤魔化す声が漏れた。
「いい感じとか、ないよ」
西日に照らされる家路に影が伸びる。りくの手を引っ張りながらスタスタと歩く。
「先輩っていつも私のことからかってくるの。全く女扱いされてないし面白がられてるっていうか」
冗談っぽく、笑い混じりに、明るい声音で言葉をつなぐ。
「ほんっと失礼だよね」
「……うん」
静かに返事をしたりくの方を振り返らずに、前を見て歩く。
今振り返ったら、長年一緒に過ごした幼なじみには気づかれてしまうかもしれないから。
「あ、そういえば手つないだままだったね」
同じ学校の生徒がいない家の周辺。
つないだ手の力を抜くとするりと解放される────、はずだった。
「……え」
握り直された手にはいつもより熱いぬくもり。
その手が、瞬間的に引っ張られた。
バランスを崩しながらりくの顔を見上げる、と。
突然、至近距離に迫る整った顔。
反射的に目を瞑った直後、ふにっとした唇への感触。
(あ、れ……?)
これは、なんだ。
バランスを崩した身体はりくへぶつかる。
だけど、安心してくっついていられず、べりっと音がしそうな勢いで距離をとる。
いや、経験がなくてもわかる。
(…………キスだ)
意識した途端に顔がボッと熱くなった。
(私がバランスを崩したから。ぼーっとしてたから。そう、事故だし。別に唇が触れた程度だし。相手はりくだし!)
落ち着かせようと脳内で並べた言葉は声にならず、りくの顔を見ることもできない。
笑って謝って「初めて奪われちゃった」なんて冗談を言って「それより駄菓子屋さん寄らない?」っていつも通り歩き始めれば良かったのに。
「……はなび、」
「……っ」
なぜか何も言えなくて、私はりくの手を振り払うと「おつかいあるから!」と頼まれてもいない用事を告げて走り去ってしまった。