スロウモーション・ラブ

ピンポーン、とインターホンが鳴って数秒後。

玄関のドアが開き、りくが「おう」と顔を出す。

「家庭教師しにきました」

ビシッと敬礼をするも、りくはスルー。りくに誘導されるまま家へと上がる。

「お邪魔します」

「はなちゃんいらっしゃい。わざわざありがとうね〜。りく、ちゃんとお礼言いなさい!」

「母さんが勝手に呼んだんじゃん」

律子さんにタジタジのりくにクスッと笑いながら階段を上がり、数年ぶりにりくの部屋へ足を踏み入れた。

無くなった学習机や木からパイプになったベッド、雰囲気の違うインテリアに少し戸惑う。

なんだか男の人の部屋に来たみたいだな、なんて感じながら落ち着かない気分で腰を下ろした。

りくは勉強道具をローテーブルに置いて、私をじっと見る。


「はなび、俺のこと嫌じゃないの?」

「……な」

なんで、と聞こうとして思い出す。


"急にキスして、ほんとにごめん"


そうだ。りくはあのキスが原因で私が元気がないのだと思って、恋人のふりをやめると言った。

今ならわかる。あの時言うべきだったのは"キスが原因じゃない"ということだった。

でも、あの瞬間、私は色んなことが重なり余裕がなかった。

先輩に告白もできずに振られたこと。それから……。


"急にキスして、ほんとにごめん"

キスが故意だったような言い方に聞こえてしまったからだ。

もう一度耳の奥に蘇った声のせいでりくの顔を見られない。

すると、りくが視線を合わせ直して言った。

「俺のこと、嫌なら……」

「嫌じゃない!」

前のめりになってりくの言葉を止める。

私がりくを嫌になるわけがない。物心つく前から長い時間を過ごした幼なじみだ。

たとえ、性別の違いから少しの距離が開いても。恋愛でもない、ただの男女の友情でもない、私たちの間にあるものを誰にも理解されなくても。


「嫌じゃ、ないよ」


眉をきゅっと寄せてりくを見つめた。伝われ、と思いながら。

しかし、はた、と考え言葉を被せる。

「その、アレがじゃなくて!りくのことが嫌じゃないってことだから!」

キスと言葉にするのは憚られてアレと表現する。私の勢いにりくが顔を綻ばせて笑う。

「ん、わかってる」

イケメンフェイスがあどけなく解れたその甘さに、きゅっと胸が軋んだことに私自身が戸惑っていた。

< 18 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop