桜ふたたび 前編
ほっと胸を撫で下ろし、何気なくデスクのスマートフォンを確認した澪は、息を呑んだ。
唐突な音信への驚きもあったけれど、なにより、着歴番号だけで相手がわかった自分自身に驚いた。
彼にはじめて会ったのは桜の時分。
その次は新緑の時季に、かんざしを返してもらう条件として高台寺を案内した。
緊張して、観光案内どころか会話すらできなくて、さぞや退屈だったと思う。
とりあえず、かんざしは無事戻ってきたし、きっとすでに帰国して澪のことなど忘れている。──そう思っていたのに、突然の電話。
澪は、誰もいるはずのない周囲を見回して、息を整え、もう一度息を整え、画面に目を落とした。
けれど指先は、いつまでも惑っている。
思い切って発信ボタンを押しかけ、やっぱり無理だと引っ込めたとき、再び電話が鳴った。
吃驚した反動で開始ボタンを押してしまい、澪はあわてて電話を耳に当てた。
〈Hello.J speaking.〉
とたん、首筋に甘いうずきが走った。
「は、はい。こんにちは、佐倉です」
〈これから逢いたい〉
胸が、ドクンと音を立てた。
深い意味ではない。わかっている。わかっているのに、どうしよう、パーカッションのような動悸が止まらない。
澪は胸を押さえ、鼻から大きく息を吸った。
「す、すみません。まだ仕事が残っていますので……」
断ったつもりだったのに──
〈どのくらいで終わる?〉
「え? あと30分くらい……?」
〈待っている。この間の場所で〉
返事を待たず、通話はこと切れていた。