忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

26.溢れる

「……昨日」

「え?」

 群司の声が低く落ちた。

「丈って人と一緒にいただろ」

「…………」

 亜美の顔が固まる。

「何で……」

「見たから」

「…………」

「俺、見てた」

 亜美の目が大きくなった。

「いつ……?」

「その人が来たところ」

「…………」

 来たところ。

 じゃあ。

 いつまで。

「……聞いてた?」

「聞いた」

「…………」

 指先が冷たくなる。

『……して』

『いつもの』

『今は、先生がいい』

 どこまで聞かれたの。

 何を見られたの。

 考えるほど怖くなり、亜美は俯いた。

「何で……」

「何でって?」

「何で見てたの……?」

「気になったから」

 群司の声はまだ低い。

 怒っているというより、何かを押し殺しているように聞こえた。

「練習のあと、亜美のことが気になって」

「…………」

「そしたら、その人が急いで出ていったから」

 だから追った。

 その先に亜美がいた。

「丈って人」

「…………」

 名前を出されただけで、亜美の肩が揺れる。

「亜美の何?」

「……何って……」

「どういう関係?」

「…………」

 静かな声。

 けれど硬い。

 答えを待つ群司の目を、亜美は見られなかった。

「付き合ってんの?」

「……付き合って、ないよ……」

「じゃあ何なんだよ」

「…………」

「昨日のあれ、何なんだよ」

「群司……」

「『いつもの』って何?」

「…………」

 さらに低くなった声に、亜美の身体が強張った。

 いつもの。

 群司には、その言葉の意味が分からない。

 分からないからこそ、昨日から頭に残っていた。

「何であんなこと言ったんだよ」

「……やめて」

「亜美」

「やめてよ……」

 亜美は一歩下がる。

 群司の声に、少しずつ苛立ちが滲み始めていた。

「何なんだよ、あの人」

「…………」

「亜美とどういう関係なんだよ」

「……分かんない」

「え?」

「私も……分かんないから」

 声が震える。

 最初は幸也のことを相談していただけだった。

 知らないことを教えてもらい、丈の言うことなら大丈夫だと思った。

 いつの間にか、それが当たり前になった。

 でも。

 そんなことを群司に説明できるはずがない。
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