龍は千年、桜の花を待ちわびる
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皇憐に抱き締められた結の姿を後ろ目に、僕はその場を離れた。


「ちょっと意地悪しすぎちゃったかな。」


ポツリと呟いた声は、誰にも届かない。

本当は、気付いていた。皇憐が“最初から”話を聞いていることに。


「相変わらず鈍いんだから。」


転生したというのに、根本的なところは変わらないらしい。…なんて、自分だって人のことをどうこう言えた立場ではない。


僕は東屋にたどり着くとそっと腰掛けた。そっと座面を撫でると、“あの日”のことをありありと思い出せる。

桜琳と、将来を誓ったあの日のことを。


顔を上げると、蓮池の向こうの桜林は枝だけになってしまっていた。


「僕の初恋も、やっとこれで終わる。」


何年越しの片想いなんだろう。『秀明』として、80余年生きた。大往生だった。そして今、僕は17歳。

ザッと100年といったところだろうか。


「皇憐の1000年には…到底敵わないなぁ…。」


長かった。


皇憐が封印されてからというもの、桜琳はずっと僕の側に居てくれた。婚約者として、妻として、皇后として。その後も、ずっと一緒だった。


愛されていた。

そう実感できる程に、彼女は僕に愛を向けてくれた。けれど皇憐へのそれとは、やはり別物だったように感じてしまう。僕が劣等感からそう思っているだけなのかもしれないけれど…。


(でも……。)


桜琳が息を引き取る瞬間を、何度思い出したことだろう。


(あんな姿を見せられちゃ、やっぱり敵わないんだと痛感させられちゃうよね…。)


転生した時、僕も全てを忘れたかった。

何度もそう思った。それは他でもない、もう桜琳を愛したくなかったからだ。


『秀明』としての記憶を持つがゆえに、僕は生まれ落ちた瞬間から、桜琳への未練まで抱えたままだった。

それなりに恋愛もしてみた。それでもやっぱり桜琳のことが忘れられなくて、そのままここまで来てしまった。


彼女……結に名前を呼ばれた瞬間、『秀明』の記憶がより鮮やかになって…。


「……でも、幸せだったな。」


桜琳と結婚して、子を授かって。叶わないと思っていた未来が叶った。幸せだった。

けれどそれは、皇憐と桜琳の犠牲の上に成り立った幸せだった。


(僕はずっと、2人に後ろめたかった。)


本来なら、桜琳の隣に居るのは皇憐だったはずだった。…僕が、力不足だったばかりに。

幸せと後ろめたさに板挟みにされて、結果的に作り出されたのが『転生の術』だった。


「やっと、僕も解放されるんだ…。」


僕はその場から立ち上がると、蓮池の縁を桜林に向かって歩き出した。
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