だって、しょうがない
 由香里が不意に思い出したように、こそっと訊ねた。
 
「愛理は、あのアプリ使った?」

 由香里に好奇心旺盛な瞳を向けられて、ちょうど、北川のことを思い出していたタイミングの質問に、ドキドキと心臓が脈動する。

 あのアプリを使ったと言ったらどうなるんだろう。
何らかの形で、由香里の口から美穂に、美穂から淳へ、伝わるかも知れない。実家のことを含め離婚の際に不利に働くのは、間違いないだろう。

 美穂に裏切られたと言って、由香里まで疑うのは良くないとわかっているけれど、ここで判断を誤れば後悔を引きずることになる。

「あのアプリ消しちゃったの。ごめんね。後腐れなく遊ぶとか器用じゃないからムリだと思う」
 
 嘘ではなく、本当のことも言わない。自分でもズルいと思うけど、間違えられない。

「そっか、まあ、あのアプリ、愛理には向かないかもね。でも、淳君とはどうするの? 淳君、不倫してるんでしょ」

「淳とは別れようと思って、実家にも行って離婚したいと伝えたんだ。我が儘だって怒られちゃったけどね」

 由香里は驚いたように大きく目を見開いた。

「淳君が不倫しているって、言ったんでしょう?」

「うん、ちゃんと言ったよ。でも、淳の家から仕事をもらっているから……。私が我が儘なんだって」

「ひっどーい! そんな親捨ててもいいんじゃない? 毒親だよ」

「出来るならそうしたいけど、それをしちゃうと弟に負担がかかっちゃうでしょ。自分だけってわけにもいかなくって難しいよね」

 そう言って、グラスに入った日本酒に口をつけた。すると由香里が悲しそうに眉尻を下げる。

「ああっ、なんて健気でいい子なの。私が男だったらぜったい結婚する。今生は仕方ないから、おばあちゃんになって、お互いがひとりだったら一緒に暮しましょ」

「由香里にプロポーズされちゃった」

 アハハと笑っていたけれど、こんなに良くしてくれる友人を疑い、本当のことも言えない自分を情けなく思ってしまう。


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