だって、しょうがない
 こんな状態では、子供も望めない。
 世の中高年齢出産が増えたとはいえ、安全な出産を考えたら、早いうちに子供を産んだ方が良いはず……。
 出来れば20代のうちに子供を産みたい。でも、自分の他に女がいるような人の子供なんて欲しいとは思えなかった。

 淳の母親を思い浮かべ、気鬱になる。
「早く孫の顔がみたいわ」と朗らかに言われると、悪気があって言っている訳じゃないとわかっているのに言われるたびにプレッシャーを感じた。

「淳のせいで子供ができません」って、言ってやろうかしら?

 気さくな淳の母親とは、自分の母親より仲が良い。そんなことを言って、悲しませるのは本意ではない。

 ただ、子供が出来ないのには、なにも女性だけに原因があるわけではない。男性にだって原因があるケースも少なからずあるはずだ。それなのに、子供が居ない夫婦に対して、世間は妻ばかりに冷たい目を向ける。それは、理不尽な気がした。


 考え事をしながら、グルグルと悔しまぎれに鍋をかき混ぜていたのが良かったのか、ビーフシチューのとろみが良い感じになっている。
その事にクスリと笑う。
 火を止めて、時計を見ると午後8時を回っている。

すると、玄関のドアが開いて、「ただいま」と淳の声が聞こえた。
良き妻の仮面をかぶり、パタパタとキッチンから顔を見せる。
「おかえり、ごはんできているよ。今日は早かったんだね」
と作り笑顔で迎えた。

そんな愛理に淳は「ん」と短い返事をして、目の前を通り過ぎリビングに入って行く。ネクタイを緩めながら、ソファーの背もたれに脱いだ背広の上着を放った。
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