だって、しょうがない
 靴を履いた愛理は、玄関先へ見送りに来てくれた中村の両親へ、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
 
「お義父さん、お義母さん、ありがとうございました。また、寄らせていただきます」

「愛理さん、遠慮しないでいつでも来てね」

愛理の手を母親の手のひらが包み込み、その温かさがじんわりと心に沁みてくる。

「はい、ありがとうございます」

母親の少し後ろに居る父親が、その様子を見て、うなずき目を細めていた。

「オレ、愛理さんを送ってくるから」

「翔、頼んだわよ。安全運転でね」

「わかっているよ」

 そう言って愛理と翔は車へと乗り込もうとした。

「愛理!」
呼び止める声に振り返ると、淳が神妙な表情で近づいて来る。そして、愛理の目の前で立ち止まる。

「本当にすまなかった。お前の優しさに甘えすぎて、思いあがっていた。この通りだ、ゆるしてくれ」

改めて、愛理の優しさに気づいた淳は心から謝罪をし、深々と頭を下げた。
愛理は、顔を上げた淳を真っ直ぐに見つめ、言葉を紡ぐ。

「私……淳のことゆるさない。この傷を見て、一生消えないんだって……。だから、私だけは、絶対にゆるさないって決めたの」

と、決意を込めた面差しで告げ、左腕の袖を捲り、刺されたキズを見せる。
 淳は、自分のしたことの重大さに、苦しそうに顔を歪めた。その淳へ愛理の言葉は続く。

「これから、淳が誰かと巡り会って、また、恋に落ちて、生活を共にする日がくると思う。その生活に慣れて来たとき、魔が差すことがあるかも知れない。でも、不倫や浮気はパートナーの心を傷つける。それが、一生ゆるされないほどの罪だと思えば、今度は踏み留まれるようになるよね。だから、私だけは、絶対にゆるしてあげない。淳は、それを心に刻んで、今度は誰かを悲しませるようなことはしないで欲しい」

その言葉は、”ゆるさない”と強く言っていても、まるで淳に対して、幸せになれとエールを送っているように聞こえた。
それを感じた淳は膝から崩れ落ち、涙をこらえ切れずに、男泣きに伏せる。
そして、愛理に一生ゆるされないほどの傷を、心にも体にも与えてしまった、身勝手な自分を振り返った。

 仕事が終わり家へ帰ると、温かい食事が用意され、整った部屋で快適に過ごしていた。当たり前の日常は、愛理の努力で成り立っていた。それに気づかずに、当たり前の日常がずっと続く物だと信じて疑わず、大切にしなかった。
 失って初めて、その大切さに気づいても遅いのに淳の心には、後悔の文字が浮かび上がるのだった。




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