その笑顔を守るために
二十分後、受け入れ要請のあった男の子が搬送されてきた。救急隊員に額をガーゼで押さえられて、ストレッチャーにちょこんと座っている。衣類は血まみれだが意識もあり、比較的元気そうだ。しかし、頭の場合、中で何がおきているかわからない。
側には母親らしき女性が心配そうに付き添っている。
瑠唯はその女性にしっかりとした視線を向け、男の子に寄り添うと

「医師の原田といいます。お名前言えるかな?」

男の子の目を診て慎重に聞き取りを始める。

「佐藤玄樹!七歳!一年三組!」

勢いよく応えた彼に、周りの看護師達が顔を綻ばせた。

「じゃあ…玄樹君…何処か痛い所ある?」

「おでこ痛い…血もいっぱい出ちゃったー」

「そーだね…ちょっとみせて。」

瑠唯はガーゼを押さえていた看護師から患部を引き取ると、そっとガーゼをめくる。額にある十センチ程の裂傷は、救急隊員が圧迫止血していたのだろう…幾分出血も収まっていた。傍らの看護師に視線を向けると彼女は直ぐに気付いて

「あっ…看護師の田中です。宜しくお願いします。」

「此方こそ宜しくお願いします。
…じゃあ田中さん、消毒と縫合セットお願いします。後、レントゲンのオーダー出しといて下さい。」

「はい!わかりました。」

若い看護師はテキパキと動き始めた。

「お母さん…額の傷はちょっと大きいので、縫合しますね。それと念の為頭のレントゲン撮らせて下さい。それで異常が無ければ今日はお家に帰って大丈夫ですよ。ただ、頭を打ってるので、今日はシャワー程度にして安静にして下さいね。患部は濡らさないように気を付けて下さい。何か異変があったら直ぐに連絡下さい。」

瑠唯の説明に、母親もほっと息をはいた。

「ええーほうごうってなにー?それ痛い?」

玄樹が口を尖らせる。

「んー…傷が開いて又血がいっぱい出ちゃわないように縫うの。痛くないように注射するから大丈夫だよ。注射する時ちょっとだけチクッとするけど、玄樹くん、強そうだから大丈夫だよね!」

「それくらい何ともないよ!」

そう言うと、玄樹は両手の拳を握りしめた。


「じゃあ…注射するよーちょっとだけチクッとするよー」

「平気だい!」

威勢の良い声がERに響き場が和む。交通事故の搬送者も其々処置が終わり、落ち着いた様だ。死者もなく、スタッフは皆安堵している。

玄樹の額を縫合する瑠唯が、ふと視線を感じて顔を上げると

「かわった縫合するねぇ?何処で覚えたの?」

「上原」と名乗っていた医師が、手元を覗き込んでいた。おそらく彼がこのERの室長なのだろう。全体を把握して医師、看護師に其々的確な指示をしていたから。
手元に意識を集中しつつ

「『ハイド』と言われている縫合方で、今、アメリカでは主流になりつつあります。傷痕が目立ちにくいんです。玄樹くんは男の子ですけど…やはり顔ですから…」

「いいねーそれ…僕にも後でレクチャーしてくれる?」

「はぁー」
と瑠唯は曖昧に答えた。





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