最強騎士様は素直じゃないけど、どうやら私は溺愛されているようです

1.決闘


 コレット・ベイカーは思わず両手で目を覆った。

 鋭い金属のぶつけ合う音。甲冑姿で馬に跨った男二人が、火花が散るほど斬りつけあっている。

ーー相手を殺してはいけない。

 そういった決まりが作られたのは最近のことだけれど、偶然(・・)を受け入れてしまえば、相手を殺すまで戦うのが常だ。

「リアム様、素敵ね」

 姉のアベラ・ベイカーは、うっとりと二人の決闘を見ている。周りの女性たちも、どうやらリアム、という男性が目当てで来ているらしい。姉がツテを使って貴族の娯楽である決闘を見に来たのだが、コレットにはその楽しさがよくわからなかった。

 お金持ちの貴族たちと、しがないパン屋の娘では感覚が違うのも当たり前ね。

 コレットにはどうしても野蛮な行為にしか見えない。人が傷つけ合けあうのがどうして楽しいのだろうか。

 同意を求めようと姉の方を見るが、姉は完全に近くの令嬢と拳を振り上げて野次を飛ばしている。

「ねえ、アベラ姉さん。リアムという方は何の為に戦ってるの?」

「マシュー・バイロンの奥さんを寝取った、という疑いよ」

「ええっ! アベラ姉さんったらそんな男を応援してるの?」

「リアム様はそんな方じゃないわ。女性の方に言い寄られて、困っている現場でも目撃されたのよ。今までも全部そう……相手の男性はプライドがズタズタになって決闘を申し込むの。当然だけど、リアム様はこれまで全勝よ」

「今までもって……とんでもない男ね」

 全部言い掛かりよ、アベラ姉さんの隣に座っていた女性がそう付け加えた。

「私はこの目で姿を拝見したことは無いけれど、絶世の美男子だという噂よ。元農民から騎士になって、今では最強騎士。ここまで有名になるまでに、仕事の依頼は断らなかったんですって。それでいて確実にこなしてくれるから、国王様お気に入りなのよ」

「いいわね、気骨があって素敵」

 アベラは大きく頷きながら言った。

 リアムは無駄な動きを一切しない。無茶苦茶に斬り掛かる相手を馬に跨りながら、ひらひらと避けていた。

 洗練された身のこなし、戦いに関して素人のコレットが見ていても、彼の身体能力の高さがずば抜けていると分かる。

 一瞬の隙に、リアムが大きく剣を払った。マシューの体が後方に倒れたと思うと、そのまま馬から落ちてしまった。

「まあ……」

 相手のマシューがその場に倒れ込んでしまった。本来ならここで決闘は終了だ。地面に背中がついてしまった。なかなか終了の判定が出ない。

 誰かが殺せ、と言った。次第にそれは広がっていく。

「アベラ姉さん……」

 コレットは思わず姉のドレスにしがみついた。

「大丈夫、リアム様は人を殺めないわ」

 リアムは殺せ、という合唱が聞こえても一歩も動かなかった。大抵の場合は、野次のせいで終了の合図が聞こえなかったとか理由をつけて相手を殺してしまうらしい。立会人はそれを見越して合図を遅らせる。血が多く流れるほど盛り上がるからだ。

 なかなか動かないリアムに痺れを切らして、ようやく立会人が終了を告げた。

 マシューという男性は地面に突っ伏したままだが、時折苦しそうに呻いている。

 ーー良かった、生きてる。

 コレットは安心すると、ほっと涙が一筋流れた。決闘を実際見たのは初めてだったが、戦って負けた場合は必ず死んで帰るということは知っている。

「こっちにくるわ」

 決闘を終えたリアムが、馬に乗ってコレット達の座っている席にゆっくりと近付いてくる。

 コレットの前で馬から颯爽と降りると、リアムはコレットに小さな赤い薔薇を差し出した。

 女性達の悲喜交交の叫び声が聞こえた。きょとんと立ち尽くすコレットに、アベラは「早く受け取りなさい」と小声で嗜めた。

「ありがとう……あら」

 手袋を外したリアムの手から鮮血が流れていた。

「良かったらこれを使ってください」

 コレットは持っていたハンカチを差し出すと、彼は少し驚いたようだった。

 勝った方の騎士は顔を出さない。甲冑を脱ぐまでは一言も話さないという暗黙の決まりがある。

 彼がハンカチを受け取る時、僅かな甲冑の隙間から見えたその目が、少し微笑んだように見えた。

 優しいエメラルドグリーンの瞳だった。
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