最強騎士様は素直じゃないけど、どうやら私は溺愛されているようです

5.訪れ

「痕にならなくて良かったわね」

 コレットの白い手を見て、アベラはホッとしたように笑った。

「ええ、リアムのおかげだわ」

「彼ってばすごい形相だったのよ。それに、常連さんだったのね。あんなに素敵な男性が来ていたら気付くと思うんだけど……一応変装でもしていたのかしら」

「そうなの? 」

「だって、あんたがバゲットを全部ガーリックトーストにしてしまったのも、しばらく店中をガーリック臭くしたのも昔の話よ?」

 気付いていたらサービスしてたのに、とアベラは残念そうだ。

「あんた、愛されてるわね」

「どうかしら……だって」

 コレットは一つ不安なことがあった。

 リアムは最初に手紙をくれた日から、コレットを一度もデートに誘わない。

 週に何度かパン屋に寄って、少し話したらパンを大量に購入して帰っていく。

 彼が優しくて、紳士的で、少し横暴で素直じゃないということも分かって、今ではかなり親しいつもりだ。それなのに、一切彼からの愛情表現はない。

 一度求婚したのなら、それなりに可愛いとか、愛してる、とか甘い言葉を言って欲しい。

 アベラに愚痴を聞いてもらおうと口を開いた瞬間、来客を告げるベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

「やあ、コレット」

 彼の名前はレミ・フィッシャー。貿易商をしている父の仕事の見習いをしているらしい。まだこの町に来たばかりらしい。近所の人に勧められてこの店に来たという。今では彼もコレットと話がしたい客の一人だ。

「レミ、久しぶりね。お仕事は順調?」

「ああ、覚えることがたくさんあってくたくただよ」

「そんな時は甘いパンがいいわよ」

 アベラはすかさずチョコレートの入ったパンを勧めた。

「ありがとう、それも頂こうかな」

 レミは柔らかそうな猫っ毛をふわふわとさせて、同じくらい柔らかく笑う。

「午後からまたお仕事なの?」

「ああ、港に行くんだ」

「すぐそこの? いいわねぇ、綺麗なところよ。ここからはちょうど見えないけど。外に出ると潮風が心地良いのよ」

「あのさ、コレット……」

 チリン、とベルが鳴るとリアムがちょうど店に入ってくるところだった。

「リアム」

 そう声を掛けると、リアムは小さく手を上げて答えた。

「それじゃあ僕はこれで……」

 そそくさと会計を済ませようとするレミに、コレットは慌てて声を掛けた。

「レミ、気をつけてね。お仕事頑張ってきて」

「ありがとう。また来てね、レミ」

 アベラも少し離れたところから声を掛けた。

「……今のは?」

「常連のお客様よ、と言ってもこの町には来たばかりなんだけどね」

「……親しいの?」

「そうねえ、親しいわ。彼とても良い人なのよ。まだこの町ではお友達がいないんですって」

「ふーん」

 リアムは少し気に入らないような表情をして、レミの後ろ姿を見送っていた。
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