他人に流されやすい婚約者にはもううんざり! 私らしく幸せを見つけます

19.貴方がいるから

「クロエ……」

 突然の報告にノーランは戸惑っていた。いつの間にか、二人は大広間を抜けていた。遠くで華やかな音楽が聞こえてくる。

「ノーラン、貴方さっき私に聞いたでしょう。今が幸せかって……」

 息を深く吸い込む。こんな気持ち、何年振りだろう。気持ちを言葉にするのが、どれほど難しいことなのかすっかり忘れてしまっていた。

「私は今すごく幸せよ、でもね」

「待ってくれ、私に先に言わせてくれないか」

 ノーランは慌てたように、クロエの手を強く握った。

「いいえ、私の言葉を先に聞いてちょうだい」

「私が幸せなのはね、ノーラン。貴方が一緒にいてくれるからよ」

 真っ直ぐに瞳を見つめ、一思いに気持ちを伝えてしまう。

「……まったく、君はなんてせっかちな人だろうね」

 ノーランは一瞬ぽかんと口を開け、すぐにふっと頬を緩めた。
 こういうことは、私の方から言わせてほしい。そう呟いた声はどこまでも優しい。

「……君といると、本当に驚かされることばかりだ。一緒にいて楽しい、毎日が幸せなんだ。君も同じ気持ちなら嬉しいと、いつも思う」

 ノーランはその場に恭しく膝をつくと、クロエの手を取り、そっと指輪を嵌めた。

「クロエ、私と結婚してくれ」

 それはいつかクロエが夢に見ていたような、シンプルな指輪だった。驚くことに、サイズもぴったりだ。目を丸くするクロエに、ノーランが悪戯っぽく打ち明けた。

「この前マークに君の指のサイズを測ってもらったんだ、こっそりね」

 どうりでたくさんの指輪を嵌めさせられた訳だ。マークはバラバラのサイズの指輪を何度も薬指に嵌めさせた。一度、「人差し指ではだめ?」と訊ねると曖昧に笑うばかりで答えなかった。

「返事はいつでも「喜んで」」

 クロエが食い気味に答えると、ノーランは顔をくしゃくしゃにさせて笑った。

 大きな窓の向こうには、粉雪がちらちらと舞っていた。

「……はじめて会った日を思い出すよ」

「ええ、貴方は私のことを熊だと言ったわ。それから、子どもだと思っていたでしょう。だから、薪を運ぶのを手伝ってくれたのよね」

「あの時、君は泣いていただろう。目を真っ赤にして」

 髪に優しく触れる。頬に軽く触れた指先に、クロエの胸が高鳴った。

「せめて少しでも、暖かい夜を過ごしてほしかったんだ」

「……知っていたのね、ありがとう」

「……女の子ひとりで大丈夫かと心配していたけど、次の日なんて勢い良く薪を叩き割るし、それでいて最高のレモンケーキも作る」

 レモンケーキを一口頬張った時のノーランの表情を思い出す。それこそ、子どもみたいに嬉しそうに笑った。それを思い出す度に、優しい気持ちになれる。

「君が笑うと、嬉しい」

 クロエの頬を両手で包み込む。温かい手がほっとする。

「ハイガーデンに向かう日に思ったの、私はひとりでも大丈夫って。大丈夫だったわ、確かに最初の日は凍死寸前だったけれど」

 ノーランの手に、そっと手を重ねた。こんな風に触れ合える日が来るなんて思いもしなかった。

「毎日が楽しいのは、貴方のおかげ。貴方が『ここでもっと幸せになれる』って言ってくれて救われたわ」

「これからは、二人一緒だ。どんな時も」

 ノーランは嬉しそうに、クロエを抱き締めた。温かい体温が心地良い。雪の粒が少しずつ大きくなって、ハイガーデンの夜を白く染めていた。

 
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