義弟の恋人
体育祭当日。

運が悪いことに、生理が来てしまい、お腹がズキズキと痛む。

元々運動神経が良くないのに、体調不良・・・幸先が悪すぎる。

肩を落としながら身支度をし、玄関でスニーカーを履いた。

「皐月。大丈夫か?顔色悪いけど。」

いつの間にかエナメルのスポーツバッグを肩にかけた廉が私の背中に声を掛けた。

私は振り向き、微笑んでみせた。

「なに言ってんの?私は元気だよ?ほら見て?」

そう言ってガッツポーズを決める私に、廉はそっけなく「あっそ。ならいいけど。無理すんなよ。」と言って私を追い越して玄関を出ていった。

心配してくれたのに、強がりを言ってしまった。

どうして「ありがとう」って言えなかったんだろう。

素直じゃない自分が嫌で自己嫌悪に陥った。



体育祭が始まった。

所定の席に座って自分のクラスを応援する。

あずみの心配そうな顔をよそに、私は何回も席を立ち、お手洗いへ行った。

午後一番に私が出場する借り物競争の順番が回って来た。

鎮痛剤を飲んだからか、午前中より少しだけお腹の痛みが和らいでいた。

借り物競争の列に並び、とうとう自分の列の番になった。

ピストルの音と共に私はゆっくりと走り出した。

当然他の選手から遅れ、一番最後に机に置かれた借り物が書かれている紙を拾う。

その用紙に書かれたモノは「ハチマキ」

簡単なもので良かったと安堵した私は、応援席の方を向き、あずみの姿を探した。

そのとき、脇腹に差し込むような痛みが走り、おもわずお腹を押さえてその場にしゃがみこんでしまった。

痛いほどのギャラリーからの視線を感じ泣きそうになっていると、応援席から私の方へ走って来る廉の姿が見えた。

廉はあっという間に私の元へたどり着き、私の顔を覗き込んだ。

「皐月。大丈夫か?立てる?」

「うん・・・廉、ごめん。」

「いいって。」

「・・・・・・。」

「自力で歩くの無理そうだな。さ、乗って。」

廉は私に背中を向けた。

とまどう私に廉が大きな声で急かした。

「早く!」

「・・・うん。」

私は思い切って廉の背中におぶさった。

廉は私をおんぶしながら、ゴール地点に向かって歩いて行く。

「皐月。借り物はなんだった?」

「ハチマキ。」

「じゃあ俺のハチマキ、持ってろ。」

自分の頭に巻いてある白いハチマキを取った廉は、それを私に手渡した。

廉におんぶされてゴールする私の耳に、女子達の黄色い声が聞こえた。

廉はそのまま私を保健室へ連れて行った。



「あらあ。どうしたの?」

保健の先生は私達ふたりを見て目を丸くし、それから意味深な笑みを浮かべた。

「ナイトがお姫様をおぶってきたわけね。」

廉は私を保健室のベッドに降ろすと、先生に言った。

「こいつ、朝から調子悪かったんです。ゆっくり休ませてやってください。じゃあ俺、戻ります。」

「廉、ありがとうっ」

私の言葉に廉は「だから無理すんなっつったろ。」と少し怒った顔をして保健室から出て行った。

「あらら。照れちゃってまあ。」

保健室の米山涼子先生は長い髪を後ろで一本に結び、丸い眼鏡をかけた女の先生で、そのあっけらかんとした性格と親しみやすさから、生徒達からの人気が高かった。

「どこが痛いか教えてくれる?」

米山先生の柔らかい声に、固くなっていた私の身体の力もほどよく抜けた。

「朝、生理が始まっちゃったんです。お腹がずっとキリキリ痛くて・・・」

「鎮痛剤は飲んだ?」

「飲みました。」

「じゃあ、ベッドで横になってなさい。」

「はい。」

清潔な皺ひとつないシーツが掛けられたベッドに、私は潜り込んだ。

まだお腹は痛かったけれど、横になっているからか身体も心も楽になった。

私は廉の大きな背中とその匂いを思い出し、顔が火照った。

私ったら何考えてるの?

廉は義姉の窮地を助けてくれただけ・・・ただそれだけ。

「・・・廉にお礼しなきゃな。」

私は保健室の白い天井を眺めながら、そうつぶやいた。



「皐月!大丈夫?!」

日が暮れ、体育祭が終わると同時に、あずみが保健室へ駆け込んできた。

「競技中に倒れたって聞いて、もう心臓が止まるかと思った。」

「大袈裟だなあ。あずみは。」

「どうしたの?足でもくじいた?」

あずみは心配そうな顔で私をみつめた。

「ううん。お腹が痛くて・・・実は朝から調子悪かったんだ。」

「あ・・・もしかして、女の子の日?」

「うん。そう。」

「そっか・・・。」

「でもね・・・五代君が助けてくれたの。」

「五代君?なんで彼が?」

「た、たまたま近くにいたからじゃない?」

「・・・ふーん。皐月、本当は五代君と付き合ってるんじゃないの?」

「まさか!付き合ってないよ。」

「ま、いいけど。もう帰ろうか。皐月、起き上がれる?」

「うん。」

私が身体を起こすのを、あずみは背中に手を添えて手伝ってくれた。

私はあずみが教室から持ってきてくれたカバンを持つと、机で書き物をしていた米山先生に声を掛けた。

「先生。ありがとうございました。帰ります。」

「あらそう。もう大丈夫そう?」

「はい。」

米山先生は私達を見るとにやりと笑い、片手をひらひらと振った。

「気を付けて帰ってね。お姫様。」






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