運命
***

「彩美ちゃん!」

 大学の正門を出ようとしたとき、後ろから聴こえてきた声に、私は天を仰いだ。
 もうこれで何日目だろう。
 和也が声をかけてくるので学食に行くのをやめた。鈴菜たちともつるまず、どこにも寄らずに帰宅して、なるべく大学にいないようにしている。
 なのに、なぜ和也は現れるのだろう。
 きっと鈴菜が私の情報を流しているのね。

 私は聞こえなかったふりをしてそのまま歩く。
「彩美ちゃんってば!」
 和也に腕を掴まれた。私は手を振り解こうとしたが、和也の力は強かった。私は後ろを振り返らずに言った。

「困ります。こういうの」
「本当に? 本当に困ってるならやめる」

 和也の珍しく真剣な声に、私は思わず振り返ってしまった。
 だめなのに。和也を見たら惹かれてしまうからだめなのに。
 もうすでに真剣な和也の眼差しに心臓がとくんとくんと音を立てている。まるで和也と私の時間だけ止まったみたい。
 だめよ。思い出して。私と付き合ったら和也が不幸になるのよ。
 言い聞かせても心が揺れる。
 和也を避けているのに、この数日、目は和也を追ってしまっていた。彼以外はジャガイモ、カボチャにしか見えないのだ。なにか怖ろしい引力が働いているように。

「彩美ちゃん。ちゃんと俺の目を見て言って」
「だ、だから……」
「だから?」
「こ、困るんです。こういうの!」

 和也の目を見ながら言うのは勇気がいる。声が自然と震えた。

「本当かな? 俺、気付いてるんだ。彩美ちゃん、時々俺のこと見つめてるよね? 結構熱い視線だと感じるんだけど? 本当は俺のこと、気になってるよね?」

 なんて自信。他の男が言ったら馬鹿じゃないの? と笑ってしまうような言葉なのに。
 かあっと顔が熱くなっていくのが自分でも分かった。
 悔しい。恥ずかしい。

「顔が赤いよ? やっぱり、彩美ちゃんは俺のこと、好きだよね?」

 和也の魅力的な瞳が私の目を射抜く。
 だめ。
 分かってる。だめなのは分かってるの。
 それでも、もしかしたら、今回の和也は違うかもしれない。そんなことを思ってしまう。
 こんなに自分からアプローチしてくるんだもの。
 
「彩美ちゃん。それとも本当に俺のこと嫌い? ならちゃんとそう言って?」

 和也に掴まれたままの腕が熱い。
 どうしたらいいの?
 私。私。

「お、お願い。離して」
 私は最後の抵抗を試みる。
「答えを聞くまでは離さない」
「そ、それじゃあ聞きますけど、和也さんはなぜ私にこんなことを?」
 苦し紛れに出した私の言葉に、和也は驚いたように目を見張った。
「え? もしかして、彩美ちゃんて、天然? 俺が彩美ちゃんに気があるって分からないの?」
 和也の言葉に嬉しい! と感じている自分がいる。
 ああ。私は懲りない。
 だめ! 早く逃げないと。
 そう思うのに、足が動かない。

「彩美ちゃん、ほんと可愛いね! 俺は彩美ちゃんが好きなんだ。だから必死なんだよ? 彩美ちゃんは俺のこと好きなんじゃないの?」

 『好きなんだ』
 和也の言葉が身体を貫く。
 もう。限界だ。

 真っ赤な血の映像が頭の中で警告のようにちらつくのに。私は。

「好き、かも」

 答えてしまっていた。

 結局また私たちは恋人同士になった。

 時折、赤い血の色がフラッシュバックする。

 怖い。
 分かってる。私はもう二度も和也を殺している。同じ道は通れない。

 でも、大丈夫。大丈夫よ。まだ大丈夫。
 今度こそ、注意してればいいんだもの。
 未来を変えればいいんだもの。

 私は不安に思いながらも自分に言い聞かせた。

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