恋は秘密のその先に
第二章 冷血副社長
「まったくもう! 信じられない。あれでよく副社長なんて務まるわね。大丈夫なのかしら、うちの会社」

 翌朝、ブツブツと文句を言いながら人事部のオフィスに行くと、同期の藤田が向かいの席から声をかけてきた。

「よう! 阿部 真里亜。久しぶりだな。いいのか? 副社長についてなくて」
「藤田くん。フルネームで呼ばないでってば」
「いいじゃないか。だって『アベ・マリア』だぞ?こんなインパクトある名前、誰だってフルネームで呼びたくなる」

 はあ……と真里亜は、ため息をついて席に座った。

 両親が軽いノリで付けたというこの名前は、とにかくこんなふうにイジられるのだ。

 それに名前だけで、
「きっと絶世の美女なのでは?」
 と期待され、黒髪に黒い瞳、パッと人目を引くような華やかさもない本人を見ると、なんだ……と勝手に落胆される。

 大人になってからは、なんだか名乗るのも畏れ多くなり、極力フルネームは名乗らないようにしてきた。

「どうした? ため息なんかついて。いい名前じゃないか、アベ・マリア。お前さ、結婚しても夫婦別姓にしなよ。それか、アベさん限定で相手を探すか」
「は? どうしてよ」
「だって、せっかくのアベ・マリアが変わっちまうじゃないか。もったいない」

 真顔で話す藤田に、真里亜は呆れ気味になる。

「そんなこと思うの、藤田くんくらいよ」
「ええー? そうか? みんな一度聞いたら忘れられないぞ、お前の名前。大事にしろよ」

 そう言うと、藤田は手にした書類をトントンと揃えてから立ち上がり、部屋を出て行った。
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