兵士となった幼馴染の夫を待つ機織りの妻

 雪乃(ゆきの)はほつれた髪を耳にかけると、機織り機に目を落とした。

 年期の入ったものだ。何代にも渡り使っているから、何度も(おさ)を修理している。それでも今朝、羽がひとつ折れてしまった。

「どうしよう……こんな日に」

 今日は雪乃の夫の清隆(きよたか)が村に帰って来る。出兵した先で戦果を挙げ、一兵卒だったのに小隊長になったという。今日は彼の功績を称え、村長(むらおさ)のいる屋敷で宴会が行われる。

 それなのに、真っ白な布の上に一滴の黒い墨が染みをつくるように、不吉な予感が広がっていく。

「もう、無理ね」

 山間の村の伝統的な絵柄を織るには、細かな羽が必要だ。部分的に修理をしても、またすぐに傷むだろう。古くて昔ながらの機械。丈夫なことが取り柄のような機織り機だったけれど……もう、潮時かもしれない。

 それはまるで、古い妻を取り換える時を示唆しているようで――

 継ぎをあてた紺色の絣の着物を着た雪乃は、糸車にかかっていた織り糸を裁ちばさみでパチンと切った。


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