30日後に死ぬ吸血鬼と30日後に花嫁になる毒姫

ラーテの心、ミルキィの心

 ベッドに横たわるラーテを椅子に座って見守る。
「俺は……まぁ荒くれ者でな……何百年も昔から悪さばかりしていたのさ」
「え? ラーテが……? 信じられないわ」
「はは……なんでもやったさ。本当に悪い男なんだよ」
 自嘲気味に笑うラーテ。
「そして弱い男だった。吸血鬼が人間より強くて当たり前なんだ。そんな人間を恐怖に陥れて笑っていた自分が馬鹿馬鹿しく虚しく思えて無気力になった……」
「そんな時に、マーヤさんと?」
「あぁ。あいつは俺より豪快な女だった」
 意外だった。
「人間どころか魔人にも喧嘩を売って、俺が止めるくらい自由奔放。最悪の悪党さ」
「でも……貴方にとっては……」
「あいつは誰よりも輝いていた。一瞬、一瞬が生きている喜びに満ちていた。俺が苦手な熱い太陽のような女だった……」
 遠い遠いどこかを見ている瞳。
 もう相当に視界も悪いだろう。
 それでもその先にマーヤを見つめていた。
「でも呆気なく死んだ」
「……どうして……」
「子供を庇って、死んだ。馬鹿な死に様だった」
「……そんな」
「……あいつは、あんなに強く勇ましく強烈に光り輝いていたのに、最後に弱々しく俺に『死にたくない』と言ったんだ……」
 ラーテの瞳から涙が一筋流れて、ミルキィの瞳からも涙が溢れる。
「それからだ……不死の俺が、死に憧れるようになったのは……」
「どうして? だってマーヤさんは死にたくないって言ったんでしょう……?」
「死ねない俺にはわからない……死を前にして、どうしてそう言ったのか、知りたくなった……それが俺の生きる意味になったんだ」
 小さく咳込みながら話すラーテ。
「それで私に会おうと……?」
「あぁマーヤが死んだのは120年前だ」
「そんなに……昔」
「毒姫の話はもちろん知っていた。マーヤがそれで儲けた話もある。……だが、此処の場所は国家機密だ。警備も頑丈だ。いくら魔人でも入れない場所だった……」
「……今はもう、警備も慣れて手薄だった……?」
「……あぁ。人間ってのはそういうものだ。何年何十年と同じことをしていれば、油断が生まれる」
 それはミルキィ自身も理解していた。
 ミルキィが毒姫と呼ばれていても、反抗する気もないか弱い少女だとわかると皆が適当な扱いになった。
 一応は王族の姫だが、入れ忘れがあろうが罵倒しようが係の者達の好きにされるようになっていたのだ。
「そう……あの……」
「なんだ?」
「マーヤさんを愛しているのよね……? まだ……」
 そっと、ラーテの手に触れてみた。
 彼はいつものように、当たり前のように手を握ってくれる。
 しかしその手は冷たく、そして震えて……弱々しい。
「愛とは……何か……俺にはわからない……ただ尊敬をしていた、力強く輝いた存在として……これが愛なのか?」
「……私にもわからないわ……」
「ミルキィは……王子に愛されて……幸せになるんだ」
「ラーテ……」
「祝福の花嫁になるんだ」
「……えぇ……うん……話してくれてありがとう……眠って……」
 痛みに耐え続けて波が引いたのかラーテは気を失ったように眠ってしまった。
 口元の血を拭っても、もう乾いている。
 彼の寝顔。
 彫刻のように美しい。
 でもその顔は青白く、一瞬死に顔に見えて目眩がした。
 溢れる涙をこらえて、部屋を出た。
 一階のリビングへ行こうとすると、二階の部屋で何か物音がする。
「バイセイ……!?」
 バイセイの部屋へ行くとバイセイがボロボロと崩れ落ちそうになっていた。
「ザクス……カワイイザクスミルキ……」
「バイセイ! バイセイ! 嫌よ!」
 土のゴーレムの彼女に抱きついた。
 更にボロボロと崩れていく土を慌てて拾い上げて身体にくっつけようとするが、更に落ちていく。
「バイダイ! バイセイが!」
「……ボウヤニハ、モウハナシテイルヨ……ダイジョウブ……」
「うそ……嫌よ」
 バイセイは死期を悟っていた。
 昼間のうちにバイダイに伝えていたのだろう。
 ラーテの話を聞いて抉られた心が、更に痛む。
 どうにかなってしまいそうな恐怖だった。
「ザクスミルキ……」
「なに? あぁバイセイ……逝かないで嫌よ!」
 崩れる彼女の冷たい土に口づける。
「オマエ、ケッコンシタノカイ……?」
「え?」
「イツモタノシイコエガ、キコエテイタヨ……」
 まさか、聴こえていたとは思わなかった。
「カクスコトハナイノニ……」
「あ、あの……ね」
 ラーテは花婿ではない。
 花婿として塔に来るには手順もあるのだと思う。
 でもバイセイは今きっと夢を見てるのだ。
 眠る前に可愛い我が子が幸せになっている夢を。
「ナンダイ、ワタシノカワイイコ」
「……私、幸せそうだった……?」
「アァ……アンナニハシャグコエハ……ハジメテダネ……」
「う……バイセイ……」
「ナンダイ、ワタシノカワイイコ……」
「そうなの……あの人は私のお婿さんよ……私ね、私……とっても幸せなのよ……すごく……」
「ソウカイ、ワタシノカワイイコ……ヨカッタ……ワタ……シ……ノ……」
「バイセイ……!!」
「カワイイ……ヨビカタダネ、ミルキィ……カワイイ……ネ……ミルキィ」
「あぁ……バイセイ……」
 毒姫ザクスミルキがラーテに、そう呼ばれて喜んでいたことも知っていた。
 バイセイはそのまま、ボロボロと崩れ落ちていく……。
「バイセイーーーーッ!!!」
 重力を失ったかのように、土がドサリと落ちた。
 泣いて叫ぶミルキィの頬から落ちた涙が、乾ききった土の上にボタボタと何度も落ちた。
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