無題
小学5年生の冬
外では雪が降り積もる日、私は唯一の居場所である押し入れの中で息を潜めながら私の尊敬している人物である 遥川 悠斗 の作品を眺めていた。

遥川先生は、今や人気の小説家で誰よりもどのライターよりも心を掴まれるような作品を出している。

その中でも私の大好きな 『冬眠る夜』を暗記するまで何回も何回も読み直していた。
普通、こんなに同じ本を読める人は居ないだろう。でも、遥川先生の小説は違った。
何度読んでも何回見直して、紙がよれてもすごく面白くて私の生きがいだったのだ。

そんなある日、学校から帰るといつも通り押し入れの中に入る。
でも、今日は違った。私の居場所である押し入れが物置へと変わっていたのだ。
母親は、蔑むような目でこちらを睨んでいた。そして、邪魔というように私をこの家から追い出した。
私は、大好きな遥川先生の作品を手に取りこの古びたアパートから逃げ出した。
脚が痛かった。腕を振るのが疲れた。
力尽きた時に辿り着いたのは 踏切 だった。

「ああ、このまま死ねたらどれほど楽なんだろう。」

電車が来る。その瞬間、私は誰かに背中を押されたように足を1歩、2歩と前へ出していた
でも、3歩目を出そうとしたところでその足は止まった。

「ねえ、君死にたいの?」

頭の上から声が聞こえてくると同時に大きな轟音と共に止まる気配のない電車が私の前を通過した。

タイミングを見逃して落ち込む私を他所に後ろで1人で話している男を眺める

「ねえ、死のうとしてたの?」

『そうだったらなんですか、貴方に関係ないですよね。』

「いや、俺には関係ねーけどさー、君がその手に持ってる本、俺の本なんだよね」

『え、、?』

私はきょとんとした顔をしながら手に持っていた本を見つめる
そこには間違いなく冬眠る夜という題名と共に「遥川悠斗」の名前が書いてあったのだ。

「それ、遥川悠斗、俺の名前ね。
俺の本持って死なれちゃ困るんだよね笑」
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