バー・アンバー 第一巻

コーヒーが飛び散る

そもそもこの巨竜誕生のその元を辿れば介護保険同様に、すべては我々消費者からの支払い(及び経産省からの補助金や原子力国債等)だし、その巨竜の独占からくるシワ寄せも電気料金値上げとしてまた税額アップとして我々に戻ってくるのである。そして何より、俺が我慢ならないのは、先のヘルパーをないがしろにすること同様に、これら大企業が図りさえすれば、そこで働く一社員の命運など、その社員が抱いていただろう自社への思い入れ、愛社精神などを散々に踏みにじって憚らないということだ。かの✕✕OL殺人事件における総合職だったその被害者が、自説を曲げなかったが為に社内で孤立化を強いられ、それ以前には女性の尊厳を冒す何某かのことをされ(?)剰え嘲笑されて、その傷を癒さんがために街角に立ったことは容易に想像されることだ。彼女は女性としてのまた人間としてのリカバーを図りたかったのだろう…。
 パソコンを打ちながらでもこのようなことを追想するうちに降って湧いたようにバー・アンバーでのミキの言葉がよみがえった。「そう!そう!そうなの!田村さん…わたしは本当に寂しいのよ!そして怖いのよ!廻りは真っ暗っ!…何もありゃしないし、何も見えない。怖くって、寂しくって、悲しくって…」もしそのミキこと被害者が、現世のみならず死後においても苦しんでいるのだったら、利用され辱められているのだとしたら……俺は思わず机の上をこぶしで叩いてしまった。カップのコーヒーが飛び散る。ちっとばかり舌打ちをして台所からダスターをもって来コーヒーを拭き取る。さても取り止めのない思索をしながらでも記事はつつがなく仕上がった。いま一度目を通してからそれをファックスで会社に送る。気が付けば時刻は10時ちょっと前だ。俺はデスクの山口にそちらに赴く旨の一報を入れたが正確な時間は告げずに夕方頃とだけ云っておく。退勤後の山口と一杯やろうと慮ってのことだがしかしそれなら時刻が早すぎる。実は神田佐久間町にある会社に行く前に寄りたいところが一軒あるのだ。つまり邵廼瑩である。彼女が勤める✕✕新聞・東京支社は都営三田線の内幸町駅近くだ。今から行けば内幸町へはちょうど12時頃に着くはず…一応算段があったのだ。トイレやら何やらを済ませてすばやく身支度を整えると俺は出かけるべくドアのノブに手を掛けた。
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