水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

春の嵐

 モノフィンとフィッシュテイルを剥ぎ取り、仲間に差し出されたバスタオルで手早く身体を拭いた真央は、髪の毛からポタポタと水が滴り落ちるのも厭わずにウィッグをつける。

(何があったか、状況を把握して……海里の所に行かなくちゃ)

 螺旋階段を慌ただしく駆け下りようとした所を、仲間たちに止められた。



「真央さん!まだ全員退場してません!エレベーター、使ってください!」

「エレベーターなんて、待っている時間が惜しいよ……!」



 トラブルがあったのは確実だ。早く海里の元へ向かわなければ。

 螺旋階段を使えば、すぐにでも海里の元へ迎えるのに。仲間たちに諭され足踏みをしながら真逆に位置する運搬用のエレベーターを待ち、ドアが開いた瞬間に下ボタンを押して閉じるボタンを連打し続けた。



 地下に到着した真央は、扉が開くのを待っていられず、人一人分通れるだけ開いた瞬間ドアの間から抜け出して海里の元へと走り出す。

 退出を促された観客たちの流れに逆らうようにして姿を見せた真央を見つけた海里は、拡声器を口から離すと眉をひそめた。



「……真央……」

「貴様!誰の許可を得てこのような催しをしている!?真珠か!?私は許可など出した覚えはないぞ!」

「……許可……?」

「この水族館が経営を続けることができているのは、赤字を補填している私のお陰であることを忘れたとは言わせん!貴様がろくに仕事もせずに引きこもっていたのに水族館が経営を続けられたのは、私のお陰だぞ!売上が急激に伸びているから何かと思えば……こ、このような破廉恥なショーを開催して、金銭を集めるとは……!」

「破廉恥なショーって。それはないですよ。おじさん」

「だっ、誰がおじさんだ!私を誰だと思っている!」

「おじさん、さっきからそればっかりですね」

「おじさんと呼ぶな!」



 物怖じしない真央は、血管が切れそうなほど怒り狂う男性を前にして怯える様子は見られない。年配の男性に怒鳴りつけられても一切気にすることなく、笑顔で話しかけた。

 かろうじて敬語ではあるものの、その態度は失礼にも程がある。

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