水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 騒がしい、うるさいくらい聞かせてくれたっていいじゃないか。真央はムキになって大声でプレゼンを繰り返すが、海里が水槽から目を離すことはけしてなかった。



(海の中でも、お話ができたら良かったのに)



 12年ぶりに水族館へやってきた真央が、約束通りにこの水槽でマーメイドスイミングを披露すれば、海里は人間らしい一面を覗かせた。これではまるで置物のようだ。海里は人間の真央になど興味はないらしい。



 人魚だったら、彼の心を動かせる。

 けれど、海の中では声を出せない。



 声を出そうと口を開いた所で、コポコポと泡になって消えていくだけだ。

 最悪の場合、水を呑んで窒息死してしまう。



 かくなる上は、と真央は一度海里の元を離れ、服を脱ぐと水着姿となり、モノフィンとフィッシュテイルを装着し、水槽の中に飛び込んだ。



(やっぱり、人魚としてこの水槽の中で動き回れば――おにーさんは私に興味を持ってくれる)



 水槽に飛び込んだ真央が水槽の最深部を目指して泳げば、海里の視線が水槽越しに真央へと向いた。その瞳には光が灯り、苦しそうに唇を噛み締めている。



(どうしておにーさんは、あんなに苦しそうな表情をするんだろう?)



 真央はパタパタとモノフィンを上下に動かし、ハンドサインで自分を指差す。



 息が最後まで続くかは不安だが――真央は水槽の中でくるりと回ってから、尻文字を描き始めた。



『このばしょで、ぱふぉーまんすがしたい』

『おきゃくさんに、みてほしい』

『にんぎょはそんざいするって』

『おてもとの、しりょうをごかくにんください』

『だめ?』



 尻文字を描いている際は、どうしても海里に背を向けることになる。

 手話にすればよかったと後悔したが、伝わらなくては意味がない。



 何度か息を吸うために水槽の上部まで泳いで、ヒップターンを使い最深部に戻ってきて尻文字を描く。どのくらい繰り返しただろう。

 すべてが終わった後、意味もなくモノフィンを上下に動かしながらくるくると水槽の中で泳ぎ回っていれば、海里は上を指さしてから螺旋階段を登り始めた。
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