水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

「監視対象の交際相手に仲良くなろうと手を差し伸べられて──仲良くなるのは、頭の足りていない証拠です」

「一人は、誰だって寂しいもん。どれほど頭がいい人でも、孤独は解消しようと他人に縋るのは、悪いことじゃないよ。紫京院さん。私と、お友達になってください!」

「下手な宗教の勧誘よりも、たちの悪い誘いですね……」

 真央の誘いを耳にした紫京院は、絶句している。

 彼女と友達になろうと行動している姿を宗教と称された真央は、紫京院がドン引きして後退る姿を見ても笑顔を絶やさず、微笑みを深めた。

(友達や仲間の存在が大切だってこと、紫京院さんにも知ってほしいな)

 真央は海里に出会いこの水族館で、幸せなひとときを過ごしたからこそ今がある。

 海里がいなければ、ハワイで暮らすようになり、自分から同年代の子どもたちに話しかけたり、毎日のようにビーチでマーメイドスイミングをしていなかったら──今の明るく元気な真央はいなかっただろう。

 今すぐに、紫京院をどうこうする必要はない。借金を完済するまでに、どうにかすればいいだけの話だ。

「今すぐに返事はしなくていいよ。考えてみて。私、紫京院さんとは仲良くなれそうな気がするの」

「あたしとあなたが?冗談ではありません」

「私が渡したぬいぐるみを床に叩きつけないってことは、優しい人だってわかるから」

「な……」

「いい返事、期待してるね!」



 真央は頭を下げると、仕事へ戻る。


(紫京院さん、戸惑ってたなぁ……)

 真央がこの水族館で働き続ける限り、海里と真央は互いを好きで居続けるだろう。恋愛的な意味なら誰にも渡すつもりはないが、友情的な意味だったら、海里と紫京院が仲良くするのは悪くないと真央は考えていた。

(紫京院さんと海里が仲良くなったら、里海水族館の雰囲気も、よくなりそうだよね……)

 今の里海水族館は、空気が悪い。

 来場客よりも、従業員の方が多い時もあるくらいだ。

 空気が悪くなるのも当然だが、もしも海里と紫京院が仲良くなれば──里海水族館の雰囲気もよくなり、従業員達もやる気を見せるはずだ。

(里海水族館の雰囲気をよくするには、お客さんをたくさん呼び込まないと!)

 真央に油を売っている暇などない。

 紫京院に指摘された通り、気合を入れた真央は溜まった仕事の処理に明け暮れた。
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