水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

愛おしいマーメイド

「ねぇ、海里……。聞いてもいい……?」



 熱を出しているせいで、汗ばむ身体がベタベタと不快感を与えていた。

 その不快感から目を背けるように、真央は海里に問いかける。

 真央を抱きしめていた海里は隣に寝転がると、真央の腰を抱いて引き寄せ、真央の問いかけに小さく頷いた。



「紫京院さんが、望んでいることって……?」



 真央が隣にいる幸福に酔い痴れ、穏やかな表情を浮かべていた海里の表情が曇る。紫京院の名前すら聞きたくないと暗い表情をする海里に、真央は別の機会に聞くべきだったと反省した。



(今からでも、やっぱりいいやって告げたら間に合うかなぁ……?)



 海里の機嫌を損ねてしまった真央は、ひとまず海里の髪を優しく撫でることで機嫌を直そうとしたようだ。

 海里は真央から頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細める。どうやら機嫌が治ったらしい。

 海里はか細い声で、真央に告げた。


「あの女には……愛する人がいる」

「……海里のことじゃ、ないよね……?」

「ああ。別人だ」

「よかったぁ……」


 紫京院と海里を奪い合うなど、真央には考えられなかった。

 彼女が海里のことを愛していたら、庶民の真央はどうやっても、莫大な金を生み出す紫京院グループのお嬢様には勝てなかったからだ。

「安堵するようなことか」

「安堵するよ!海里と紫京院さんが愛し合っていたら、私が入り込む隙間なんてなかったもん」

「俺は、真央だけを愛している。何があっても……どんな状況になろうとも……俺は……」

「海里……」

 真央は海里から突き放された時、素直に海里の言葉を受け入れなくて良かったと心の底から安堵した。

 海里と喧嘩別れしていれば、真央は海里を救えず──二人の道は、永遠に違えることなく、断たれていただろう。


「紫京院さんは私に何かを、提案したかったみたい……」

「気にするな」

「紫京院さんは、里海の従業員なのに。みんながハッピーになれる水族館で、一人だけアンラッキーな紫京院さんを見てみぬふりをするなんて、無理だよ……!」


 海里の両親が経営していた頃、里海水族館は来園者がハッピーになれる水族館をキャッチコピーに運営をしていた。

 紫京院の力を借りてリニューアルオープンしてから、そのコンセプトはどこかへ消えてなくなってしまったようだが……。

 海里は幸福な昔の出来事に思いを馳せたのか、目が死に始めている。

 海里に昔の出来事を思い出せるような発言は、精神面に悪影響を及ぼしかねない。

 真央は慌てて海里の頬に口づけると、海里の精神が夢の中へ旅立たないように引き止めた。
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