竜のつがい

5.衝動と抵抗


 だが、それが強がりに過ぎないことは、氷蘭自身にも分かっていた。
 やむなく、また数ヶ月開けて屋敷に戻る。

「……っ!?」

 屋敷に足を踏み入れたその瞬間から、ぞくぞくと背を這うものがある。
 また侍女に導かれ、美嗣の部屋に足を踏み入れた氷蘭は、愕然とした。
 
「氷蘭様」

 微笑む姿が、花のようだ。
 美嗣はその身体から、大人の女の雰囲気を漂わせ始めていた。
 幼い頃の自分の目は正しかったと認めざるを得ない、透き通るような美しさ。
 そして、この匂い。

 衝動を抑え、顔を背け、氷蘭は気持ちを抑えるために目を向けた先で、それに気がついた。

「珍しいな、この花」
「あっ、それは……」

 美嗣は口ごもった。氷蘭の眉がぴくりと動く。何か、嫌な予感がする。

「なんだ?」

 迷った様子を見せた美嗣が、小さな声で言った。

「人に、いただいたものです、その……」
「人? 誰だ?」

 美嗣はぴりぴりとする緊張を感じた。氷蘭が、怒っている。
 嘘やごまかしが許される空気ではない。

「美嗣。俺は君の交友関係全てに口を出すつもりはない。僕もこうして外に出ることが多いし、友人の一人のように接してもらっていい」
「ゆ、友人……」
「つがいというのは、そういうものでもあっていいと俺は思ってる。別種族同士が理解し合うような、そういうものだ」
「な、なるほど……それは、私にとっては、あの、とても、嬉しいことです」

 氷蘭の胸を何かが突き刺した。
 自分から言い出したことなのに、何かを大きく誤った方向へ向けてしまった、そんな予感がした。
 だが美嗣はそれには気づかず、花が咲くような笑顔を浮かべて言う。

「あの、これは、お庭を整えておられる方からいただいたものです、あの、私、お花を頂くのが初めてだったもので、嬉しくて」

 その瞬間。
 部屋がみしりと音を立て、壁に亀裂が入る。地面が揺れるほどの衝撃だった。

「ひ……!」

 美嗣は頭を抑えてしゃがみこんだ。
 氷蘭は、自分から立ち昇ものを抑えられずにいた。

 そう、分かっている。この臭いは、雄のものだ。
 初めて? 初めて、男から、花?
 うなり声を出しそうになるのを押さえる。
 自分のつがいに、このような顔をさせて。

「氷蘭様! 何かご無礼がございましたか!?」

 慌てた様子の侍女が、外から声をかける。
 氷蘭は引き絞るような声で言った。

「いい。入ってくるな!」
「しかし……!」
「言うことが聞けないのか!」

 また部屋に亀裂が走り、侍女が慌てて離れた気配がする。
 氷蘭は浅い呼吸を繰り返し、部屋の隅で怯える美嗣に近づいた。
 びくっと彼女の身体が震える。
 拒絶。
 それを察して、絶望にも近い感情を覚える。だが同時に、なぜこんな生き物にそんな気持ちを抱かなければならないのかと、怒りが沸き起こった。

「氷蘭様、申し訳ありません……!」

 とどめとなったのは、その謝罪だった。
 氷蘭の目が凍るようになる。彼は突きつけるように言った。

「構わない」
「え……?」
「男を作っても構わないと言ったんだ」

 美嗣の目は、咄嗟に怯えを忘れ、驚きに見開かれている。
 氷蘭は残酷な笑みを浮かべて続けた。

「俺にも愛妾がいる」
「……っ」
「なんだ、気づいていなかったのか」

 美嗣に顔を近づけて、氷蘭は言った。

「別に女がいると言ったんだ。お前も、好きに過ごせばいい」

 氷蘭は美嗣を突き放すようにそう言うと、彼女に背を向けた。
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