竜のつがい

7.望み


「つがいを変える方法?」

 あら、まぁ。彼女はまたそう驚き、哀れむような表情で続ける。

「そんな方法、ございませんわ」
「そんな……」

 目を潤ませる美嗣に、映月は悩む素振りを見せた。

「これはあくまで、噂の一つなのですけど」
「な、なんでしょうか」

 美嗣は縋るような声を出す。噂でも、なんでも構わない。
 映月はそんな美嗣の様子を観察するように見て、人差し指を唇に当て、囁くような声で言った。

「かつて、滅ぼされかけた人間が、竜人族にかけた呪いだという噂があるのです」
「え? のろ……」
「そう、つがいが、呪い」
「呪い」

 映月は微笑む。
 自分はこの美しい人に、からかわれているのかもしれない。
 だが、その言葉はなぜか、美嗣の心の深いところに波紋を与えた。

「そう、呪い。だって、おかしいと思いませんこと? 竜人族よりもか弱い人が、どうして生き延びているのか」
「人間が、生き延びるための仕組みが、つがい」
「そう」

 美嗣は浮かされたようにそう言い、そして尋ねた。

「その呪いはどうやって解けるのです」
「美嗣様には解けませんわ」

 首を振る映月に、美嗣は強い視線を向ける。

「お教えください」
「つがい様が、自ら命を絶つことだそうですよ」

 美嗣は目を見開いた。

「ひょ、氷蘭様は、どうなるのです……」
「もし本当に呪いが解ければ、氷蘭様も解放されるでしょう」

 美嗣は瞬いた。
 死の恐怖が足下から這い上がってくる。でも、今のままでは氷蘭に跡継ぎは生まれない。
 竜人も人も滅びるかもしれない。
 みんな、悩んでいる。それならば。

「分かりました」

 憑きものが落ちたような美嗣の表情に、映月は目を丸くした。
 その目には初めて、美嗣を侮るのではなく、その存在を認めたような色があった。

*

「氷蘭様」
「……なんだ」
「あの、私、私……」

 また久しぶりに現れた氷蘭は、こちらも見もしない。
 映月から話を聞いた翌日、氷蘭が帰ってきたことを知り、美嗣にも分かった。
 これが最後の機会だと。

 自分の考えていることを伝えようかと思った。
 もしかしたら、そんなことを言うなと止めてくれるかもしれない。そんなふうに思っていた。でも、これでは。

『ぜひそうしてくれ』

 そう言って笑う氷蘭の顔が鮮明に浮かび、美嗣はその続きを口に出すことができなかった。
 誰かに望まれて死を選ぶのではない。
 せめて、自分で選んだことにしたい。

「氷蘭様」

 最後に名前を呼んで、こちらを向かない彼に微笑んだ。
 私がつがいで、ごめんなさい。
 でもあなたのために、できることをします。
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