桜ふたたび 後編
❀ ❀ ❀
「ごめんなさい。不愉快な思いをさせて……」
公団住宅の建物を後にして、ようやく澪は消え入りそうな声を発した。
肩を落とし項垂れて、足の運びも引きずるように重い。
団地内には緑が多く、ジェイは木陰を選んで歩いた。
木々の向こうに、遊び場の遊具が見える。子どもたちのはしゃぎ声が、高い空に響いていた。
「作戦ミスだったかな」
冗談めかして言ってはみたが、澪の心が和まないことはわかっていた。
昨夏以来、互いに家族の話題に触れることはなかったし、問うこともしなかった。
真壁のときには、事前に澪から情報を聞き出していたが、今回は見くびっていたとしか言いようがない。
母親は、娘を所有物化し、精神的に支配しようとしていた。
彼女が手を上げたときの澪の反応を見ると、幼い頃から暴力で服従させられていたのかもしれない。
澪が、大きな音や声に過剰反応するのも、ここに要因があったのだと、腑に落ちる。
父親は、娘にまったく関心を示さなかった。
いや、あれは近親憎悪なのか。澪に対して、意識的に心を閉ざしているように見えた。
何よりの誤算は、澪だ。
人形のように、感覚も感情も完全に遮断して、枕崎の家で見せた顔とは正反対だった。
澪は、自分の出生の経緯に、罪悪感を持っている。
加えて、長年にわたる母親からの人格否定、能力否定。そして、父親の無関心。それが、自身の存在否定に拍車を掛けたのだ。
ある意味、虐待と捉えてもいい。
二組の両親に育てられたことが、澪に厄介な二面性を具えさせたのか。
誠実で寛容な彼女の人格形成のコアを、自分の存在を否定されることへの恐怖感が、厚い殻となって囲んでいる。
だから、〝愛される〞ことより〝疎まれない〞ことを、潜在意識のなかで常に選択する。
彼女の自己不信が、実の親子関係からもたらされた心的障害ならば、マダム・ネリィもかなり手こずるかもしれない。
「ごめんなさい。不愉快な思いをさせて……」
公団住宅の建物を後にして、ようやく澪は消え入りそうな声を発した。
肩を落とし項垂れて、足の運びも引きずるように重い。
団地内には緑が多く、ジェイは木陰を選んで歩いた。
木々の向こうに、遊び場の遊具が見える。子どもたちのはしゃぎ声が、高い空に響いていた。
「作戦ミスだったかな」
冗談めかして言ってはみたが、澪の心が和まないことはわかっていた。
昨夏以来、互いに家族の話題に触れることはなかったし、問うこともしなかった。
真壁のときには、事前に澪から情報を聞き出していたが、今回は見くびっていたとしか言いようがない。
母親は、娘を所有物化し、精神的に支配しようとしていた。
彼女が手を上げたときの澪の反応を見ると、幼い頃から暴力で服従させられていたのかもしれない。
澪が、大きな音や声に過剰反応するのも、ここに要因があったのだと、腑に落ちる。
父親は、娘にまったく関心を示さなかった。
いや、あれは近親憎悪なのか。澪に対して、意識的に心を閉ざしているように見えた。
何よりの誤算は、澪だ。
人形のように、感覚も感情も完全に遮断して、枕崎の家で見せた顔とは正反対だった。
澪は、自分の出生の経緯に、罪悪感を持っている。
加えて、長年にわたる母親からの人格否定、能力否定。そして、父親の無関心。それが、自身の存在否定に拍車を掛けたのだ。
ある意味、虐待と捉えてもいい。
二組の両親に育てられたことが、澪に厄介な二面性を具えさせたのか。
誠実で寛容な彼女の人格形成のコアを、自分の存在を否定されることへの恐怖感が、厚い殻となって囲んでいる。
だから、〝愛される〞ことより〝疎まれない〞ことを、潜在意識のなかで常に選択する。
彼女の自己不信が、実の親子関係からもたらされた心的障害ならば、マダム・ネリィもかなり手こずるかもしれない。