まじないの召喚師3



「こっちだよ」



前後左右、天も地もわからないような黒闇の中。

ツクヨミノミコトの声と、前を走る同盟者たちの気配を頼りに、ひたすら前に足を進め続ける。


どれだけ走ったかわからない。

十数秒かもしれないし、1分以上経ったかもしれない。

やがて目の前に光が現れ、人が通れる大きさに広がる。

先頭を進むツクヨミノミコトの陰が光の中に消えて、先輩、雷地、常磐と続く。

小柄な二人がほぼ同時に飛び込み、最後に私が光を潜った。



「到着ー」



視界が真っ白になる中、聞こえてきたツクヨミノミコトの明るい声。

眉間に皺を寄せながら薄く目を開き、周囲を確認する。



「ここは………」



膝下が熱めのお湯に浸かっている。

そして、ほんのり香る、硫黄に似た匂い。


見間違えるはずもない、檜の浴槽、石畳の床と、壁の鏡やシャンプー達。



「うちのお風呂?」



オオクニヌシスペシャルな、一般家庭にあるまじき内装と、使い慣れたシャンプーや桶の配置。

電車を乗り継ぎ数時間の距離を、たった少し走っただけで到着している現状。



「これが、ツクヨミノミコトの能力か。便利だな」



感嘆する常磐の横で、柚珠が水をたっぷり含んだスカートを持ち上げる。



「ビショビショなんだけどっ! どーしてくれんのさボクの服!」



「ボロボロでもう着れないでしょー」



軽い足取りで湯船から出る雷地。



「せっかく響とお揃いだったのにっ! 着用済みって飾る予定だったのに!」



「…………重い」



響は、肩まで浸かって入浴状態。

彼のすぐ横では、渦を巻く水の玉が泡を発生させ始めた。


このまま風呂を済ませるつもりのようだ。

水の家系の彼にとって、人間洗濯機はお手のものらしい。



「また風呂場か」



前髪をかきあげる先輩は、火宮家の風呂場に飛ばされた事を思い出したらしい。

ツクヨミノミコトが、そんな先輩の側に寄る。



「ごめんね先輩。水のあるところが都合が良くてね」



「………嘘つき」



「スサノオくん、黙ってて」



「…………」



ツクヨミノミコトの眼光に口を閉じたスサノオノミコトだったが、その口が、小さくモゴモゴと動いた。



「なんだ。濡れた俺様を拝みたいのか。センスあるじゃねえか。サービスだ」



スサノオノミコトの唇を読んだらしい先輩は、無造作に髪をかきあげ、空を仰ぎ、人差し指を口元に、白い歯を光らせる。

水が髪から滴り、首から喉につたう。



「キャーッ! 先輩かっこいい!」



ミーハー全開なツクヨミノミコトを、私とスサノオノミコトは冷めた目で見ていた。


ほんと、私の身体じゃなくてよかったよ。

美少女ドールなら許される反応だが、凡人な私では目も当てられない。



「さてさーて。先にあがるよー」



雷地が手をひらひらと振って、脱衣所に続く戸をくぐる。



「俺も出る」



常磐がそれに続いた。



「常磐も来たのー?」



「悪いか?」



「狭くなるじゃんー」



「十分広いだろう」



脱衣所からは、重い服が洗濯機に放り込まれ、棚のバスタオルを取る音がした。

オオクニヌシの増改築で広くなったとはいえ、大挙して押し寄せるのは違う。

急ぐこともないので、貴重品の入った鞄を避難させ、お湯に浸かって待つことにした。


うーん、服を着たまま湯につかる背徳感よ。

どっから引いたか源泉掛け流しオオクニヌシスペシャルだ。

この家の水道代とか、どうなるんだろうか。

いや、そこは神の力で何卒。



「んじゃ、俺も行くか」



雷地と常磐が出ていく音がして、先輩も脱衣所へ向かう。

その横を、ツクヨミノミコトが飛んでついていく。

湯に浸かったままの、私と響と柚珠は無言で、彼らの背が戸の向こうに消えたのを見届ける。

濡れた服を脱ぎ捨てる音が聞こえてから、私の隣に浮かぶスサノオノミコトに尋ねた。



「ツクヨミさんって、男?」



「…………」



スサノオノミコトは、少し目を見開いた。


今更こんな質問、変だったかもしれない。

美少女ドールの姿に中性的な声で、勝手に女性だと思い込んでいた。

けど、先輩の着替えについて行ったのだ。


もう一度言う。

男の着替えについて行ったのだ。


身体を共有しているから仕方なく枠の私とは違って、自主的に。

天上に住まい、全てを見通す神が、何を見ようと拒否できないんだろうけど。

ツクヨミさんに訊いたら、神にとって性別など些事よとはぐらかされそうだけど。

でも、気になる。



「…………それは」



無表情ながら気まずそうに視線を逸らしたスサノオノミコトが答えようとした瞬間。



「タケミカヅチ!」



扉の向こうから、雷地の叫びが聞こえ、次いで轟音とともに家が揺れた。




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