まじないの召喚師3
第4章
「ヴワアアァァァァ!」
「ギャァァァアアアア!」
再び通常授業に戻った高校に通いつつ、昼夜問わず襲撃をかけてくる受験者たちを当番制で返り討ちにしつつ、受験勉強も並行して進めていく。
忙しいそんな毎日に慣れざるをえなくなった頃。
「グアァァァ………!」
マイナスイオン感じる滝の音が、今夜も近所迷惑な汚い悲鳴を飲み込む。
と言っても、外部には防音が施されているらしく、実際には近隣住民にとってはとても静かな夜である。
そんな、日々改良の続く響特製結界は、正規の出入り口を使わない者を押し流す。
「フゴフグブッ……!」
今日何度目の滝の音でしょうか。
ほとんどの者はこれで事足りる。
普段なら気にすることはない、が。
「…………多くない?」
「そうか」
教材を広げテーブルに向かう私の独り言に、隣の先輩が興味なさそうに返事して、私の参考書をとんとんと指で叩く。
くだらないことに気を取られていないで勉強しろってか。
適度な休憩も大事ですよ。
「少ない方でしょー」
柚珠がネイルに満足いかないのか、拭き取りながら返事した。
普通なら、こう、バトルロイヤル式ならば、日が経てば受験者が減っていき、総じて襲撃も減るものでしょうが。
「………柚珠目当ての人が僕の所に来た。公然わいせつで捕まったけど」
「俺のとこにも来たよ。剣山にして川に捨てといたから、感謝してもいいよぉ」
「ボクだって、雷地目当ての団体が来たんだからねっ! お互い様でしょ!」
「7割方柚珠指名だったぞ! 2割が雷地で、1割が誰でも良い、だ!」
「筋肉ダルマ調べなんて、当てにならないんだから!」
「俺の2割は不満だけど、ほぼほぼ正しいと思うよぉ」
「………うん」
「だろうな」
「むぅー」
一般人では見るに耐えない膨らませた頬も、美少女柚珠の魅力を損なわない。
それはそれとして。
柚珠さんよ、どんだけ恨み買ってるんですか。
受験票が届いて数日は、1時間に2、3回くらいのペースで敵襲があったもので、それと比べるとだいぶん少なくはなっている。
が、襲撃自体が止むことはない。
理由に心当たりはある。
「受験資格を持っていなくても、攻撃を仕掛けられるってところが問題ですよね」
受験票を砕いて、受験資格がないはずなのに来ている者もいる。
私たちが砕いた受験票の仕返しなら、分からないでもなかったが。
目的は柚珠と雷地だったようだ。
皆様方、毎回下水に流されてるんだから、諦めればいいのに。
ここまでくると、意地になってるんじゃないかな。
「そのうちの8割が、彼氏を取られた女の恨み、残りは柚珠を自分のものにしたい男だ!」
「ふふんっ。ボクが可愛いのが罪なんだねっ」
「誇るな」
「羨ましいくせにー。モテない男の僻みはやだねー」
「俺にまで火の粉が降りかかってくんだよ」
「………同じく」
「火の粉程度、火の家系の火宮や水の神水流なら簡単に振り払えるでしょ」
「俺ひとりなら余裕なんだが、周りへの被害がデカいんだよ」
「………本物は、隕石」
「まだまだ修行が足りないねぇ。俺はきれいに打ち返して被害無しだよぉ」
「俺にも降ってきたぞ! 拳で一撃だったがな!」
雷地は野球バットの素振りのような仕草をし、常磐は右拳を突き上げた。
天井が凹み、すぐに自動修復が働く。
空に打ち上げたんですね。
その時、つけっぱなしのテレビのニュースで、女性アナウンサーが。
『ここ数日、地上から宇宙へ打ち上がる逆流れ星が複数回観測され、話題となっています』
と、読み上げた。
「………………」
これのことか。
私の知らない間に、すごいことになっていたものだ。
『次のニュースです。ひと月ほど前から、頻繁に人が下水に流されている事件ですが、その後も被害者は増え続け、多い人では10回以上流されているとのこと。警察の調べによると、被害者への聞き取り調査を行うも、どこで落ちたのか、なぜ落ちたのかも不明とのことで、専門家による原因究明が進められています。幸い死亡者は出ていませんが、皆様十分お気をつけください』
響氏ー!
私は口を魚のように音もなくぱくぱくとさせるだけで、返す言葉もでなかった。
その後も、ボヤ騒ぎや騒音などの、物騒なニュースが続く。
派手で目立つ彼らは格好の的。
地味で目立たない私の容姿に、今ばかりは感謝だわ。
テーブルの中央にある、先輩お手製クッキーに手を伸ばし、一枚かじる。
うん、うまい。
糖分補給もして、もうひと頑張りと、手元の教材に視線を落とす。
結界の補助に使うお札について、文字と図形がよくわからない解説とともに書かれている。
あ、これイカネさんが渡してくれたお札に似てる。
「おーらいおーらーい」
目の前をふよふよと浮いたクッキーが通り過ぎた先に、ツクヨミノミコトが周囲に複数のクッキーを浮かべていた。
「あーんっ」
そして、サクッとひとくち。
美味しそうに食べ始めた。
気が散るのだけど。
と、目で訴える。
ツクヨミノミコトは、少し、私と目を合わせてから、ニヒルに笑った。
「きみも狙われていたねぇ」
「えっ……!?」
なんの話でしょうか。
「ツクヨミさん、今、なんとおっしゃいましたか?」
「あははっ」
「えっ………!?」
ツクヨミノミコトは、手に残ったクッキーかすを舐め取り、微笑んでから、何事もなかったかのように次のクッキーに手をつける。
「えっ……?」
何も言わないのが怖いんだけど。
「えっ?」
さっきまでしていた話なら、受験者や、桃木野柚珠に恨みのある者からの襲撃があり隕石を投げ返した、くらいだ。
つまり、私の頭上にも隕石降ってきてたの?
「えーっ………」
現実味がなくて、想像だけで一瞬ブルリと震えた。
「あーん」
「あー」
「おいしいね。さすがはご主人様」
「すごい。ご主人様」
視界の端で、キャッキャと笑うヨモギとマシロは、取り分けられたクッキーに溶けた焼きマシュマロを挟んでて食べさせあう。
無邪気に笑う彼らを見て、あそこは平和そうで羨ましいなどと思ってしまった。