最後に瞳に映るのは~呪われた王子と運命の乙女~

1.愛されてはいけない

 ――決して、愛されてはいけないよ。

 それが、この城の決まりだった。



 素肌に触れるすべらかな絹の感触。
 磨き上げられて香油を塗られた体に、見たこともないひらひらとした服が重ねられていく。わたしは何をするともなく立っているだけだ。能面でも付けたかのように同じ顔に見える女たちが、恭しく世話をしてくれる。

 入浴は先ほど済ませた。水面には花びらまで浮かんでいた。一度にこんな沢山の湯が使えるなんて、この国はなんて豊かなんだろう。きっと今日食べるものに困ったりしないのだろうなと、乳白色の湯を手で掬った。

 何よりこんな薄い服で過ごせるのだ。育った村では分厚い上着を何枚も着ても、骨まで凍るように寒かった。それだけでも、十二分にいい。

「こちらに」

 平坦な声でそう呼ばれた。促されるままに椅子に座る。金の繊細な縁取りが付いた鏡の中に、肌も髪も白い女がいた。目だけが、血のように赤い。

 細く絡まりやすい髪を、女たちは丁寧に梳いてから結い上げていった。飾られるいくつもの簪が少し重い。なんて手際がいいんだろう。

「目を閉じていてください」
 言われるがままに目を閉じる。ふわりとやわらかな毛が顔を撫でていく。化粧をされているというのはなんとなく分かる。くすぐったくて身を捩ってしまったら、露骨に大きな咳ばらいをされた。自分は彫像だと思い込んで、もう一度座り直す。

「結構です」
 ゆっくりと目を開けると、知らない女がいた。

 日の当たらないところで育ったからいっそ青白く見えるほどの頬も薔薇色に染まっていて。瞼は星屑の粉でも散らしたように輝いている。

 こうやって、有象無象の小娘を帝国の女にするのが彼女たちの仕事。上手いものだなと他人のことのように目を瞠った。

「靴は?」
 わたしがそう尋ねると、能面が首を横に振った。これほど飾り立てられているのに足元だけが裸足。それはなんともちぐはぐで、いっそ滑稽に思えるほどだった。彼女たちはちゃんと、なめした皮でできた靴を履いているのに。

 輿のようなものがわたしの目の前に現れる。これに乗れということだろうか。

「それでは、王子のところへご案内いたします」

 何のために靴を履くのかを考えたところで、気づく。
 靴は行きたいところへ行くためのものだ。
 わたしは、もう行きたいところへ行くことはできないのだ。ずっとこのまま、命果てるまでこの鳥籠のような城で過ごすのだから。

 だから、靴はもう必要ない。
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