最後に瞳に映るのは~呪われた王子と運命の乙女~

6.代償

 ずっと一緒にいられると思ったのがとんだ思い上がりだったと知ったのは、それからすぐのことだった。
 ぱたりとアズラク様のお召しがなくなった。

 聞けば、かといって他の女をお呼びになることもないという。誰にも会わず食事もろくに取らず、部屋に引きこもっているらしい。

 お加減が悪いのかもしれない。なにか流行病に罹ったのかもしれない。アズラク様が付けてくれた侍女にお見舞いに行きたいと言っても、彼女は首を横に振るだけだった。
 アズラク様に会えないこの城で、どんな風に過ごせばいいのかも分からなかった。

 閨に呼ばれれば、殺される。きっと生きては帰れない。
 あまり会いたくないと思っていたその人に、気付けばわたしは会いたくてしょうがなかった。一目だけでもいい。その姿を見たかった。

 その思いだけが体から抜け出したかのように、ふらふらと来てしまった。
 アズラク様の居室の前。不思議と、護衛の者も誰もいなかった。中からは、獣が呻くような声がした。もしかしてアズラク様は本当に何か、ご病気なのだろうか。だとしたら。

「アズラク様。わたしです。ネージュです! 開けてください!!」
 扉に体を近づけて呼びかける。とんとんとん、と三回ノックをした。

「……ばかか……お前から来て、どうするんだ」

 苦し気な呼吸の合間に、アズラク様の声がする。居ても立っても居られなくなって、わたしは扉を開けた。

「だめなんだ。もう、お前のことを考えると勝手に」

 寝台にしがみつき広い背を震わせて、アズラク様は必死で耐えていた。
 悪魔の一族の、その代償に。

「俺は……お前を殺しっ、たくない」

 その瞬間、心にかかっていた霧が晴れるかのように全てが納得がいった。
 分かったことは二つ。

 この人は真に、わたしを愛してくれたのだということ。だからこそ今、この地獄のような衝動に身を焼かれているのだ。

 そしてもう一つは。
 わたしは『運命の乙女』ではなかったということだ。

「なんて顔だ……。こんな時にっ、笑う奴があるか」

 わたしの顔を見た彼は、はっとして怯えたように顔を引き攣らせた。一体わたしはどんな顔をしていたのだろう。

 一番の鬼畜と言われた第三王子は、なんてことはない。笑ってしまうほどに、ただやさしくて不器用な人だった。

 愛した女を殺してしまうという己自身に一番悩んでいたのは、アズラク様本人だった。だから、一度も女を抱くことはおろか、間近に近寄ったことすらなかったらしい。殺したことにして、ひっそりと城から逃がした。彼女たちは皆、今は名前を変えて別のところで暮らしている。

 王太子のように、義務的に女を抱くこともできず。
 第二王子のように、享楽に溺れることもできず。
 独りぼっちで、孤独と呪いに耐えていた。

 この人は本当に、そういう人なのだ。
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