ひと晩の交わりで初恋の人の子どもを身ごもったら、実は運命の番で超溺愛されてしまいました~オメガバース~
第3章
 重い沈黙のなか先陣を切って喋り出したのは、意外にも久我さんだった。

 それよりも先に、マネージャーの櫻井さんが口を開こうとしていたが、それを久我さんが遮るかたちで「はじめまして」とあいさつを始める。
 それから先ほど私へ向けただろう柔らかい微笑みとはまた違う、巷で称されているまさに「爽やかな青年」像を張りつけたような笑顔を、その整った顔に浮かべていた。
 

「ごあいさつが遅くなりまして大変申し訳ございません。東京で俳優業をさせていただいております、キョウと申します」
 久我さんは、礼儀正しく私たちの前で頭を下げる。

 つられて私たちも、深々とお辞儀をした。

「こちらこそ、キョウさんのような素晴らしい俳優さんを前にして、ご挨拶が遅れてしまってすみません」
 自然な流れで次の会話を継いだのは、「デリかがみ」側の時任くんだった。

「俺、バイトの時任叶と申します。キョウさんの出演されているドラマや映画は全部観ています!」
 朗らかな口調の時任くんは、さりげなく久我さんへのファンアピールを忘れることなく、最後に握手まで求めるちゃっかりさだ。

「へえ、僕が出演している作品をすべて観てくださっているのですね。とても嬉しいですありがとうございます」
 出された手に、久我さんもにっこりと笑顔を向けて片手を添えて握り返す。

「で、そちらの方は?」
 久我さんはわざとらしく私のほうを振り向くと、時任くんに紹介を促した。
 時任くんも久我さんの視線に誘われて、私のほうへ視線を向ける。


「こちらはキッチン担当のスタッフで、社員の美羽さんです」
 さわりだけ時任くんが私を紹介し、アイコンタクトで続きは自分で伝えるよう合図してくる。

 私はありがとう、とお礼のつもりで軽く両目を瞑ると、ふいに久我さんがにこやかな口調で喋り出す。

「『デリかがみ』さんのスタッフさんたちは、目で合図して分かりあえるほど、非常に仲がよろしいんですねえ」
 にこにこと久我さんは笑っているが、その目は一切笑っていないことに気がついてしまう。


 ……久我さん、なんだかいま機嫌が悪い?

 でも、一体なんで?

 優しい久我さんの記憶しか残っていない私の両掌には、困惑と焦りが滲む。

 しかし相変わらず時任くんは、久我さんの不機嫌オーラ―を察することなく、額面通りの言葉で打ち返す。

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