ひと晩の交わりで初恋の人の子どもを身ごもったら、実は運命の番で超溺愛されてしまいました~オメガバース~

第1章

 秋も深まり、日々過ごしやすさを感じるようになった十月半ば。


 僅か四畳半ほどしかない「デリ カガミ」の店先から、柔らかいけれどよく通る声が奥のキッチンにいる私を呼んだ。


美羽(みう)ちゃーん! そろそろお客さんが引けてきたから、一旦休憩取ってね。疲れたでしょ?」
 この店の雇われ女店長で全体的にふっくらとした印象を持つ、間もなくアラ還を迎えようとしている最上(もがみ)さんの声だ。
 

 始業開始からずっとキッチンで働き通しだった私、城戸美羽(しろとみう)は、ようやく今日初めてキッチンの壁掛け時計に注意を向ける。


「わっ、もう十五時だ!」
 八時半の出勤からずっとキッチンで料理をし通しだった私は、慌てて作業の手を止める。

 肩より少し下くらいまである色素の薄い茶色の髪を後ろへひとつに束ね、料理に髪が入らないように全体を覆っていた店のロゴの入ったバンダナを慎重に外していく。

 火を使うキッチンはとくに間取りが狭いこともあり、半日も立っていると、サウナのように汗だくになってしまう。

 化粧はすべて取れてしまうため、最低限眉だけ描いている。
 
 しかしおそらく、今はそれすらも取れてしまっているだろう。

 二十六歳にして女子力を捨てていると言われればそれまでだが、なによりも料理をすることが大好きだし、オメガという第二次性もあって人前で接客することはないので、すっぴんでもかまわないのが私だ。

 すでにアルファに、うなじを噛まれているオメガでもあるから――。



 オメガは月に一度、一週間ほど発情期というアルファを性的誘発するフェロモンを放つ期間がある。

 しかし特定のアルファにうなじを噛まれると、その後はうなじを噛んだアルファにしか、発情フェロモンを感知できなくなってしまう。

 世間ではその関係性を(つがい)と呼ぶ。

 四年前、私はとあるアルファにうなじを噛まれ、番関係を結び、娘を身ごもりひとりで出産した。

 いわゆる番ってはいるけれど、番不在のシングルマザーオメガだ。
 そのうえ、両親はおらず施設育ちなので娘以外の身内はいない。

 娘が生まれるまでは、天涯孤独だった。

 そんな私はシングルマザーとはいえ、うなじをすでにアルファに噛まれているので、発情期のフェロモンを不特定多数のアルファに向けて放つことはない。
 だから、突然の発情期が訪れても、身体は辛いけれど、周囲のアルファに与える影響は皆無だ。

 しかし店側は念には念をと、大手企業ゆえのリスク管理によって、私を人と関わる接客業として表に出すことはなく、キッチンのみが仕事の範囲とされていた。

 店のスタッフたちは、店頭に立てない私を可哀そうだと言う。
 けれど私自身は、その措置を悲観的には捉えていない。

 むしろ料理することが好きなうえ、わけあってあまり人目につきたくない私にとってはありがたい契約なのだ。


 そんな私を心配してくれる優しい「デリかがみ」の店員さんたちは、店長の最上さんと社員の私のほかに、あと学生のバイトさんがふたり。
 計四名いる。
 
 店員さんは全員ベータで、発情期のせいで普通に働くことができないオメガへの差別や偏見などはなく、みんな感じのいい優しい人たちばかりだ。

 店長の最上さんのあったかいお母さん的雰囲気が、そうさせているのだろう。

 いつも私は最上さんやほかのふたりに助けらればかりいるので、職場環境の大切さを身を持って実感している。


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