前世の真実、それは今世の偽の記憶、春は去り

春の色、花の色

 きょろきょろと周囲を見回していたその春草色の目と目が合って、フォルセは自分の礼儀知らずにようやく気がついた。
 貴族の女性の顔を、同性であれ凝視するなど、一職工として、とんでもない失礼だ。
 けれど、プリアはフォルセの視線に気がつくと、「あらまあ」と意味ありげにこぼしつつ、にっこりと微笑んだ。
 女同士、何を言わずともわかる。
 フォルセは、その一瞬で彼女にメギナルへの想いを見抜かれ、そして、敵視するほどのこともないと、見下されたのだ。確実に優位に立っているからこその余裕を見せつけられて、フォルセはさっと頬を赤らめ俯いた。

「ねえ、メギナル様、この方がメギナル様の秘蔵の職工さんでしょう?」

 フォルセから目を離さず、令嬢はそう言ってメギナルの腕にそっと寄り添った。

「可愛らしい方ですわね。未来の親方でいらっしゃるのよね、素敵だわ」

 メギナルは特に表情を変えずにプリアから身を離すと、 騒がせてすまないね、とフォルセの前に菓子の包みを置いた。
 その脇から伸びて来た、綺麗に色を乗せた薄い爪の先が、フォルセが組んでいたメギナルのための紐をつん、とつついた。

「この組紐、こんな色合いで花の色にしたら、もっと可愛らしいのじゃないかしら。ねえ、メギナル様」
「花の色か」

 そう言ってプリアが指し示した自分のドレスの裾には、幾重にも広がる花の丘を描いた、色鮮やかな刺繍が入っていた。メギナルの声に、肯定を感じ取ったフォルセは、それを食い入るように見た。
 組紐の用途は、男性向けが多い。襟元に、腰飾りに、編み上げ靴に、剣の柄に、時計の飾りに。女性であれば、代わりにレースか薄い布を使うのが主流。だから、組紐の色合いは男性的なものが多い。渋く、落ち着いた、派手すぎないもの。
 けれど、プリアのドレスの刺繍を見た瞬間、フォルセには、花色あでやかな綾模様の紐がはっきりと視えた。
 それは本当に鮮やかで、いつもより口数の少ないメギナルと令嬢が連れ立って工房を後にするときも、その後も、ずっとフォルセの意識を押し潰していた。
 あれほど、満足のいく綾紐を創り出したと、自信を持っていたのに。
 紛れもなく春色の、そんな色使いをまるで想像できなかったことに、打ちのめされた。

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