宝来撫子はマリッジブルー
第十四話 狂気と輝く瞳

◯スーパーマーケット「ぜんきち」のそばで、商店街の中。

柊に馬乗りになっている拓磨は、ゼェゼェと血走った目で撫子を見ている。



柊「……宝来さんっ、危ないからっ」
〈口元が切れて、血が出ている〉

撫子「柊くんっ!!!」



拓磨は苛立った様子で、柊を睨みつける。



拓磨「お前が悪いんだっ!!お前さえいなければ!!」

柊「宝来さんっ、離れてっ」



柊のそばでしゃがみ、柊の顔にハンカチを当てる撫子。



柊「いいからっ、危ない」

撫子「いいの、大丈夫だから、柊くんのそばにいたいのっ」

拓磨「っ!!」



宗一が杖をつきながら、やって来る。

三人と少し距離を置いて、立ち止まる。

その後ろにはサングラスをかけた、スーツ姿の男もいる。



宗一「どういうことですか、早乙女さんっ」



拓磨は柊から視線を外さず、眉間に深いシワを刻んでいる。



拓磨「言ったじゃないですか、宝来さん。僕には二つ、許せないことがあるって」

宗一「……」

拓磨「手に入らないこと、見下されること」

宗一「早乙女さん」

拓磨「馬鹿にしているのか?こんなことがあってはならないんだ」



拓磨は柊に馬乗りのまま、宗一を振り返る。



拓磨「なぜ、僕じゃダメなんですか?僕に何が足らないっていうんだ」

宗一「……」

拓磨「女子高生なんて、ただのガキじゃないか。どうして選ぶ立場にいるんだ。なぜ僕が選ばれるのを待たなくちゃいけない?」

宗一「早乙女さん、少し落ち着きませんか」

拓磨「選ぶのは、僕だ。気に入るのも、手に入れるのも、僕だ」

宗一「!」



拓磨はもう一度柊を見る。

その瞳はどんよりと暗い、深い穴みたいな瞳。



拓磨「柊、お前さえいなければ……、全てはうまくいくんだよ!!」



拓磨はスーツの上着のポケットから、小さなナイフを取り出す。



宗一「撫子っ、離れなさいっ!!!」



ナイフを振りかざした拓磨。



拓磨「死ねぇぇええぇぇっ!!!」



撫子は庇うように、柊に覆いかぶさる。



撫子「柊くんっ!!」

柊「宝来さんっ、危ないっ!!」

宗一「撫子っ!!!」



宗一は慌てて、撫子にかけ寄る。

思うように足が動かず、杖をつき損ね、地面に倒れる。

スーツ姿の男が倒れた宗一のそばへかけ寄り、助け起こす。



撫子「……っ!?」



撫子は自分が無傷なことに気づき、体を起こして柊を見る。

柊の体も無事のように思えて、ホッとする。



柊「大丈夫ですかっ!?」

撫子「大丈夫です、柊くんも無事ですか?」



柊は頷く。

柊に馬乗りをしていた拓磨が体を起こし、柊と撫子から離れる。



拓磨「……は、はははっ」



撫子は拓磨のほうを見ずに、柊の体を起こす。

柊の口元や目元ににじんだ血を、ハンカチでおさえる撫子。



柊「……すみません、ありがとう」

撫子「いいのっ、柊くんが謝ることなんてないんです」



スーツ姿の男が、拓磨のそばに行く。



男「早乙女様、ナイフを渡してください」

拓磨「あはははっ、何だよ、何もしないさ!」

男「さぁ、早く」

拓磨「刺さなかっただろ?どういう反応をするのか、見たかっただけだ」

男「渡してください」

拓磨「……」



拓磨は面倒くさそうにナイフをスーツ姿の男に渡す。

スーツ姿の男はそれを持って拓磨から離れ、宗一のもとへ。



宗一「早乙女さん、あなたは一線を越えたんです。越えてはいけなかったのに」

拓磨「……はぁ?」

宗一「……私も越えてしまった。部下を使って、姑息な真似をした。〈「ぜんきち」を振り返って見て〉この店には改めてきちんと謝罪をする。〈柊を見て〉柊くん、きみにもひどいことをしてきた。今まですまなかった」

柊「!」

宗一「きみのお父上を不当解雇に追いやったのは、私だ。お父上がまた、以前のように働けるように、私が責任を持って協力する」

撫子「おじいちゃま……!」

宗一「誠心誠意、謝罪もする。許してはもらえないと思うがな」



宗一は撫子を見て、ため息を吐く。



撫子「?」

宗一「撫子、変わったな」

撫子「え?」

宗一「見て見ぬふりするかと思ったよ。今までのお前なら、きっとそうしていた」

撫子「……」

(確かに)

〈撫子は以前、カフェで老夫婦が困っているところを、見て見ぬふりした自分を思い出す〉



宗一「まぁ、身内としては、危険な真似をしてお前がケガをしたらどうするんだと、叱り飛ばしてやりたいところだがな」

撫子「……おじいちゃま」



拓磨が俯いて、肩を揺らして笑い始めた。



拓磨「あはっ、あはははっ!!何だ?何なんだ?あんた達、今更仲良くするつもりか?」

撫子〈拓磨を睨んで〉「何がおかしいの?」

拓磨「何も思わないのか?何も感じないのか?……全部お前が悪いんだっ!!宝来 撫子!!」

撫子「!」

拓磨「僕は、婚約者だぞ?未来の夫だ!!そんな僕を差し置いて、お前は柊を助けたんだ!!柊を庇った!!柊の無事しか確認しなかった!!」

撫子「そうね、全部私のせいよ」



頭を下げる撫子。

それを苦虫を潰したような顔で見る拓磨。



拓磨「今更、頭を下げられても」

撫子「……」

拓磨〈高飛車な感じで、半分笑いながら〉「僕は許さない。一生をかけて謝罪してもらう」



撫子は「はぁっ」と大きくため息を吐く。



撫子「そういうところよ」

拓磨「何?」

撫子「あなたをこれっぽっちも好きになれない理由よ。あなたは常に自分を正しいと思って、それを疑わない。そして被害者ぶるんだわ!」

拓磨「はぁ?」

撫子「あなたに一生をかけて謝罪する?冗談はよして!!意味がわからない!!……謝罪すべきはあなたよ!!」



撫子は拓磨に近寄る。

宗一が「撫子、よしなさい」と言うが、撫子は聞いていない。



撫子「どれだけあなたが被害妄想を膨らませているのか知らないけれど、本当の被害者は柊くんだわ!!」

拓磨「っ!」

撫子「柊くんに謝って!!!」

柊「宝来さん……」

撫子「宝来の名前を捨ててでも、拓磨さん、あなたと結婚せずに済むなら、私は喜んで家から出るわ!!」



拓磨は怒りで震えている。



拓磨「柊、柊、うるさいんだよぉぉおっ!!お前の婚約者は僕だっっ!!!この早乙女 拓磨なんだよぉぉおぉっ!!!」



撫子を睨みつけ、右手を振り上げる拓磨。

そこへ柊が走り寄り、撫子を庇って代わりにぶたれる。



撫子「柊くんっ!!」

柊「……っ」



拓磨の眉間には深いシワが刻まれている。



拓磨「どうしてっ、いつもいつも邪魔ばかりするんだ!!これは早乙女家と宝来家の話なんだっ!!お前に関係ないんだっ!だから暇そうなガキを使ってお前を排除しようとしたのに、あのガキ、しくじりやがって!!」



拓磨は苛立った様子で、前髪をかき上げる。



柊「間違ってます、早乙女さん」

拓磨「は!?事情も何も知らない奴に、とやかく言われたくないんだよ!!」

柊「何も知らなくても、あなたが正しくないことはわかります」



柊の服の襟を乱暴に掴む拓磨に、撫子が割って入って、平手打ちをする。



撫子「目をさましてくださいっ!あなたにだってわかっているはずよ!!私達は上手くいかない!!」



撫子を呆然と見ている拓磨。

夜空の星がキラキラと輝き、撫子の意志の強い瞳を照らしていた。

その時初めて拓磨は、この婚約者を美しいと思ってしまった。



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