明日の天気
 午後11時10分、ピアノの音で意識が戻る。
 20センチ程先にあるスマホを床と平衡になって眺め、スマホを床に対して垂直に立てる。発信者は祖父からだった。瞼も身体も重く、電話に出るのを15秒ほど躊躇ったが、普段と同じくコールがなりやむ気配がなかったので、仕方なく通話ボタンを押した。
 「どうしてすぐ電話にでなかった?」
 相手の苛立ちがスピーカー越しに伝わってきた。床に頭をつけたまま通話すると変な声に聞こえると思ったので、体を起こした。こんな時間に電話をかけられ、苛立ちを隠さずぶつけられた自分は相手から相当なめられているなと感じた。要件を伝えるのとは別に、感情のはけ口にされているにすぎないのでないかと思ったほどだ。
 「寝てたから」
  嘘偽りない回答である。早く要件を伝えてくれ、早く電話を切りたいと思いながら応えた。
 「電話にはすぐにでろよ。前も言っただろ」
 「うん」
 電話にでなかった理由なんて相手にとってはどうでもよくて、単に苛立ちをぶつけたかったんだろうな、いつだってそう。そんな事を思っていると、
 「就活大丈夫なのか」
 声のトーンが一段と下げられ、本題が切り出された。本人の事を思ってかけてきた電話ならその発言を始めにいうものではないか、といった常識的な考えはこの人には通用しない。相手が困っている時は上から目線な発言しかできない人だからだ。相手より上のポジションに立って話す事に快感を覚えているのではないかと思わされるほど、その一貫した性格は変わらない。
 「遅れてるほうだね、勤務地をどこにしようか迷ってる」
 「もう10月じゃないか、内定式をしている会社がほとんどだろ」
 10月は内定式が行われる時期だという事は家族から言われなくても自分でもわかってる。
 「就活、進めてた事はすすめてたけど何が自分に合ってるのかわからなかった感じかな。最近はテレアポや飛び込み営業がない営業職に就きたいと思ってきて、、」
 「今更そんな事言って、これまで何してたんだ」
 全く私の現状について、取り合ってくれる気配がない。感情的なレスポンスでなく、論理的なレスポンスを期待して話した自分に浅はかさを感じずにはいられなかった。
 「何もしてなかった事はないけど。最近はエージェントと面談して進めたりしてるよ」
 「東京で働こうか迷ってるとか、遠いじゃん。どんな所かもわからないし。」
 ここからは聞き手に周り、一刻も電話を終える事に尽力を尽くした。結局、就活に関する私の質問には答える事ができず、質問に対して深堀もしなかった事から、喝を入れれば本人は就活に積極的により取り組むようになるだろうという意図を込めて電話を入れてきたにすぎないのだろう。中身のない発言しか返ってこなかった。
 「まあ頑張れよ」
 「…頑張ってないわけじゃないんだけど」
 「それにしても電話にはすぐでろよ」
 「寝てたから」
 「それにしても、自分が就活うまくいってなくて電話がかかってきたら危機感を持ってすぐにでろよ。電話に気づかず寝てた神経がわからないわ」
 そんなやりとりをして電話は終わった。
 社会人として長く働ける自身がない、ギターがほしい、作曲家になりたい、そのような旨のメールを起こったことが今回の電話がかかってくるトリガーになったわけだ。本音を言って、感情的にならず一つの意見として聞いてアドバイスをくれる身近な人はもう私のそばにはいない。
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