しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
「昨日、ユウくんのお父様から丁寧な謝罪がありました」
和歌子は即座に本題に入り、衣都に彼女の正体について教えてくれた。
彼女は衣都の受け持つ生徒のひとりであるユウくんの母親だったのだ。
ユウくんはとっても頑張り屋さんの小学二年生だ。送り迎えはいつも父親と祖母が交代で担っており、母親は一度も教室にやってきたことがない。
そのわけは、すぐに明らかにされた。
「ユウくんのお母様は、長い間心を病んで伏せっていらしたそうよ」
元々、精神的に不安定な人であり、寝たきりになったり、元気になったりを繰り返していたらしい。
「それがなぜ……?」
いきなりあのような凶行に及んだのだろう。
もちろん、衣都が生徒の父親と不倫をしたという事実は一切ない。
「わからないわ。何を聞いても、『あの女が悪い』と衣都先生を名指ししているそうよ」
衣都と自分の夫が不倫をしているという妄想にどこまでも取り憑かれていると思うと、背筋がゾッとした。
「お父様から、今後はこんなことがないようにするから示談に応じて欲しいとお願いされたわ。被害に遭われた衣都先生には悪いのだけれど、今回は受け入れようと思うの」
「私も示談で構いません」
幸いなことに衣都は床に突き飛ばされたくらいで、大した怪我は負っていない。物的被害にあった教室の経営者である和歌子が示談に納得しているなら、それでいい。
事件の落とし所が見つかり、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
和歌子から告げられたのは、まさに寝耳に水の話だった。