財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。

1 温和怜悧な御曹司

 今日の東京は快晴。
 12月になり、空気が凛としているせいか、夕日が特に輝いている。

 私は大きな窓の向こう、東京のビル群に広がる夕焼けを、モップ片手に眺めていた。

  ♪you and me, you and me,
   sunset over the sea~

 夕日を見ると、つい脳裏で口ずさんでしまう。
 父がよく歌ってくれた、オリジナルの歌だ。

 ダメダメ、集中しないと。
 業務中であったことを思い出し、慌ててモップを握る。

 私は桜堂(さくらどう)グループ傘下の桜堂ホテル・トウキョウで働いているメイドだ。
 主に清掃業務を担っている。

 時刻は午後4時半を回ったところ。
 来客がピークになる5時までに、この階段清掃を終えなければならない。

 ホテルの正面玄関横にあるこの大理石の階段は、二階の宴会場へ続いている。
 ガーデンウェディングも行える庭が見えるよう、その壁一面はガラス張りになっている。

 ここからは、特にこの時期は、夕日が良く見える。
 私の大嫌いな、夕日が。
 今日の夕日は、憎らしいほどキレイだ。

 ため息をこぼし、視線をモップの先に戻した。

「うわ!」

 刹那(せつな)、男性の吃驚(きっきょう)の声がして。
 はっとして、階段の上を見上げる。

 息が止まるかと思った。
 階段の上から、王子様が落ちてきたのだ。

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