働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~

俺の大切な聖女

「待って、ルネ。どこに行くの?」
《なんか腹が立ってきたんだよね。魔獣の姿に怯えるのはまあ仕方ないとしても、君のことまで疑うなんて、信じられないよ。そんな土地に嫁いでも、幸せになんかなれないよ。ブランシュ、幸せな結婚がしたいんでしょ?》
「それは、そうだけど」

 気が付けば、最初にイノシシに襲われかけた山のあたりに来ていた。

《この姿は目立つし、人の噂にものぼるでしょ。本当にブランシュが必要なら、ちゃんと追ってくるよ》
「ルネが退治されたらどうするのよ」
《僕のこの姿はあってないようなものさ。どんな姿にだってなれる。矢が刺さったところで、死ぬこともないし》

 魔獣の姿で、笑うルネは愛嬌がある。この姿で、リシュアンが話していたとしたら、案外かわいかったのではなかろうかなどと考えてしまった。

「……私のこと、心配してくれたのね。ルネ。ありがとう」
《それにしても、あの兄貴は困ったもんだな》
「うん。でも領民のみんながオレール様の味方をしてくれたもの。きっと大丈夫よ」

 むしろ、最終的に自分が、彼が糾弾される材料を作ってしまったことが悔しい。

「腹立たないの? ここの産業が持ち直したのは、ブランシュのおかげじゃん。なのに、あの兄貴の言葉にみんな踊らされてさ」

 たしかに、傷ついていないとは言わない。だけど。

「……ここの人たちは、私を利用しようとは誰もしなかったわ。私の意見を聞いて、自分たちで頑張ろうとしてくれたの。私が嫌だったのは、皆が私を利用していたことだわ。前世でも、中央神殿でも、放っておけば勝手に働くから、自分が楽だからここにいてほしいって。でも……」

 オレールも、ブランシュの意見をすごいと言いつつ、人任せにはしなかった。成功させるために力を尽くしてくれた。ブランシュを、仲間にしてくれたのだ。

「だから、私は今回のことでここを出ていかなきゃならなくなったとしても、ここの領民のことは好きよ」
《お人よしだ》
「いいの。それでも」

 慈善事業なんてたくさんだと、ずっと思ってきた。でも、人の力になれることはうれしい。
 聖女であることが嫌だったんじゃない。リシュアンと話すことはずっと楽しかった。ブランシュはずっと、このままの自分をフラットな立ち位置で仲間にしてくれる人たちを求めていたのだ。

「……本当は、ずっとここに居たいわ」
《ブランシュ》
「オレール様が好きよ。真面目で一生懸命で、不器用だけどそこが好き。……これで私のこと、信じられなくなったかもしれないけど」

 そう考えると涙が浮かんでくる。魔獣を飼っている女のことを、彼はどう思うだろう。

《もしそうなら、僕と一緒にどこかで楽しく暮らそうよ。ブランシュのためなら、頑張って人間の姿を維持してもいいよ?》
「ルネは世界のために必要な人なんだから、無理しないで」

 そのまま、日が暮れるまで、ブランシュとルネは話をしていた。
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