働きすぎのお人よし聖女ですが、無口な辺境伯に嫁いだらまさかの溺愛が待っていました~なぜか過保護なもふもふにも守られています~

確かに言ったけど


 正体がばれて以来、リシュアンは、ブランシュに気軽に話しかけてくれるようになった。
 と言っても、他の聖女がいる時は、神としての言動をするので、ひとりのときか、ルネといる時だけだが。

 今日の朝の清掃も、ドロテがブランシュに仕事を押し付けたためひとりだ。

《なあ、ブランシュ。なんでドロテは掃除に来ないんだ?》

 リシュアンの方が不満げだ。

「腰が痛いそうですよ」

《ドロテの腰は、大丈夫だぞ?》

 リシュアンは体の不調も見極めることができるのだろうか。だとしたらすごいものだ。

「では心がしんどいから、腰が痛んでいるように感じているのかもしれませんね」

 思い付きで言った答えだが、実際そうなのかもしれないと思えてきた。仕事を押し付けられてばかりでいら立っていたはずなのに、自分は随分単純だ。

《ブランシュはお人よしすぎるよ》

 ルネが水晶の周りをとことこ歩きながら、馬鹿にするように言う。

「でもそう考えたら、我慢もできるもの」
《我慢する必要が、そもそもないと思うんだよね、僕は。嫌なら飛び出してしまえばいいんだ》

 ルネはそう言うが、ここで爆発してしまったら、居場所がなくなってしまう。

「そりゃ私だって、ここから出られるなら出たいけどね……」
《出ちまえばいいじゃん》
「聖女のお役目を放棄して? ここを出たって、行くところなんてないのよ。両親だって、もう長いこと面会に来てくれないもの」

 当初は別れを惜しんでくれた両親も、兄夫婦に子供ができたころから、徐々に疎遠になっていった。神の娘として、もう家に戻ってこない娘よりも、孫の方がかわいくなったのだろう。

《ブランシュは、もしここから出られるなら、なにがしたいんだ?》

 リシュアンはおずおずと話しかけてきた。 

「そうですね。前世を思い出してしまったら、聖女にならなかった未来を思い描くようになりました。私もまだ十八なので、恋もしたいし、結婚だってしてみたいなって」

 聖女は基本、神殿で一生を終える。結婚も恋愛もご法度だ。

《そっか……。でも、ブランシュがいなくなったら、俺はまたルネとしか話せなくなるな》
「そうですよね。……まあ、どちらにせよ、聖女が神殿から出るなんて、夢のまた夢です」
《ブランシュ……》

 想像すると悲しくなる。リシュアンのことは好きだし、こうして話しているのも楽しい。だけど、一生ここで同じように暮らしていくのかと思えば、気が重くなる。
 なまじ前世を思い出してしまったことで、自由へのあこがれはより募ってしまった。

「ブランシュ様、朝食の時間ですよ。お掃除終わりそうですか?」

 下女が扉の外から叫んでいる。

「はいっ。ではリシュアン様、私、行きますね」

 ブランシュはあわただしく水晶の間を出ていった。
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