日給10万の結婚
「性格正反対なのに、なんか気が合うみたいでね。それで借りてきたのがこれら」

 玲は私の手元を覗きこむ。そこには、確かに花がたくさん飾ってある庭で、女性たちが楽しそうに笑っている写真があった。マミーや楓さんが映っている場面もある。

「背後に用意された食事が映ってるでしょ? 倫子さんが言ってたみたいに、甘いものは何も用意されてないんだよね。甘いものが苦手って言うのは間違いないみたい。ほら、こっちは伊集院の奥さんが生け花してるシーン。花好きっていうのも、これまた確かな情報」

 写真の中では、五十代半ばくらいの女性が生け花をしていた。真っ黒な髪を一つにまとめ上げ、凛とした佇まいの女性、これが伊集院薫さんだ。金持ちオーラが凄い。

 玲は大きく息を吐いた。

「これ、何も知らずに行ってたら終わりだったな……」

「ほんとよ。苦手な食べ物を手土産に持ち、花の知識も何もない人間が、気に入られるわけないからね」

「あの二人はそうなることを願ってたみたいだけどな」

 玲は腕を組んで頭を掻いた。

「とはいえ、花か。俺もさすがに生け花はそんなに詳しくないな。一応勉強はさせられたけど、基本的なことぐらいで」

「基本的なことが分かってるなら十分でしょ……私なんてタンポポとバラとチューリップぐらいしか知らないよ」

「桜も知ってるだろ」

「細かいなあ。とにかく花に関する知識が乏しいって言いたかっただけ」

 私はじっと写真を眺める。色々な人を撮っているらしく、見たことない金持ちが大勢映っている。数年分はあるようで、写真の枚数は結構多い。色褪せて年季を感じるものもあった。

「ていうか、確かに昔の写真にはケーキとか映ってるなあ」

 私はぽつんと呟いた。玲もそれをじっと見つめる。

 色褪せた写真たちの中には、伊集院さんがケーキの乗ったお皿を持っているシーンもあった。顔立ちを見るに、最新の写真より若々しいので、数年は前だろう。もしかすると十年くらい経っているかもしれない。

 やはり、昔は好きだったのに今は一切取らなくなったということか。来賓者にも出さなくなったのなら、見るのも嫌ということ? ケーキに親でも殺されたんか。

「ん? これって」

 一枚の写真が目に留まる。伊集院さんが持ってるこれ、小さくてよく見えないけど……もしかして?

「あと一か月、畑山さんに生け花について学ぶしかねえな」

 玲がそう言った。私は顔を上げて驚く。

「畑山さんって生け花もわかるの?」

「華道と茶道なら、詳しくはないが基本的なことは知ってる」

 今更だが、畑山さんって何者なのだ? 頭いいし作法も詳しいし、色々凄すぎる。

 だが玲は考え込む。

「とはいえ、さすがにそこまで詳しくはないみたいなんだな。こうなったらもっと詳しい講師を新たに見つけるか。その方がいいかもしれねえな、誰か信頼できる人間を探す必要があるな。変な奴に学んで、それが母親の回しもんだったりしたら大変だし」

「そ、そんなことってあるかな? 心配し過ぎじゃ」

「今回だって楓に嘘つかれてたんだろ。多分母親も知ってたはずだ。油断はならない」

 確かに用心するに越したことはないか、と思う。私は再度写真を覗きこみ、じっと考え込んだ。

 甘いものが苦手で、花が好きな奥さん。贈り物も花に関わる事がよし、か……。玲はふうと息を吐いて言った。

「まあ、まだ一か月以上ある。講師と、それから贈り物に何がいいかは徹底的に吟味しよう。影山さんのレッスンは続けつつも、誕生日会までは回数を減らして華道に回そう。圭吾にも言って探させる」

「ねえ、玲、私ちょっと思うことがあるんだけど」

 私は思い切って、彼に相談することにした。頭の中に浮かび上がった仮説と、これからの自分の動きについて。玲は少し驚いたように、私の方を見ていた。



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