日給10万の結婚

変化

 
 誕生会も無事済んで、また勉強する日々に戻ってしばらく経つ。この生活が始まってから、もうすぐ五ヶ月になる。

 マミーからの連絡は、あれ以降ない。大事な伊集院さんに私が気に入られたことで、もしかしたらもう半分諦めているかもしれない、と玲は嬉しそうに言っていた。それは大変うれしいことでもある。だが、多分完全には諦めていない。まあ、見るからに頑固そうだし、そう簡単には引かないだろうと予想はつく。

 さて次はどんな手で陥れようとしてくるのか、怖くもあり楽しみでもあった。

 その日、私は伊集院さんの華道教室を終え、家に帰り自己学習をしていた。畑山さんのレッスンは華道教室の日はお休みなのだ。難しい単語が並ぶ本をダイニングテーブルで読んでいたところ、スマホが鳴った。勇太かな、と思ってみてみると、玲だったので驚いた。彼から連絡が来ることは珍しい。

「もしもし?」

 私が出ると、電話口の彼はやや困った声色だった。

『舞香? 今家か』

「うんもう帰ってるよ」

『悪いんだけど、リビングらへんに茶色い封筒に入った紙ないか見てくれないか』

 言われて立ち上がる。きょろきょろ見渡すが、それらしきものは目に入らない。だがしばらくして、ソファの隣りにそれが落ちているのを発見した。

「あ、これかも。ソファの横に落っこちてた」

『やっぱり家だったか。本当に悪いんだけど、それすぐ使いたいんだ。持ってきてくれないか』

「全然いいけど」

『圭吾も今は手が離せなくてな。タクシー使ってこい。今日華道教室だったろ? 格好はまともだからいいな』

「まともて。まあそうだけど。じゃあ今から行くよ」

『悪い。着いたら受付に名前を言って待っててくれるか』

 彼に会社名を告げられる。てっきり二階堂本社かと思いきや、違うらしい。取引先の会社に足を運んでいるということか。

 私は封筒を持ってすぐに家を出た。玲の言う通り、普段ならすっぴん部屋着でいる私だが、伊集院さんの教室に行くときは必ず綺麗な恰好をしているので、準備する手間もいらなかったのだ。

 タクシーに乗り込んで目的地を告げる。そこで、何かが引っ掛かった。何だろう、なんか忘れているような……まあ、いいか。それより、忘れ物を夫の職場に届けに行くなんて、かなり妻っぽいではないか。

 そんなことを考えながら、タクシーに揺られる事数十分。無事たどり着いたので、料金を払い降りた。真っすぐ受付に向かい、美人なお姉さんに名前を告げる。少しお待ちください、と言われたため、私はぼんやり立って待っていた。

 二階堂ほどではないが大きな会社だった。いろんな人が忙しそうに足を進めている。元々医療関係の仕事なので、こういった会社で働くという経験がない私は、こんな光景すら新鮮で面白く見える。

 さて、玲はどんな顔で来るかな。そんな事を思っていると、突然聞き覚えのある声が私の名を呼んだ。

「舞香?」

 振り返る。そこでぎょっとしてしまった。なんと和人が、私の事を見ていたのだ。
< 121 / 169 >

この作品をシェア

pagetop