夫婦ごっこ
 自分の気持ちが報われないことがあると知ったのは小学校四年生になった頃のことだ。

 学校帰りに公園で泣いているクラスメイトを見かけたのがきっかけだった。彼女はその日、修平に告白をして振られたらしい。他に好きな子がいるからと断られたとその子が泣いているのを奈央は偶然目撃してしまったのだ。

 修平にもそういう相手がいるのだと知って、奈央はドキリとした。でも、この段階では淡い期待もあったのだ。その相手は自分なんじゃないかと。奈央はそんな期待を込めて、修平を目で追うことが多くなった。それまでは近くにいられることに満足していたから、修平の視線の先なんて気にしたことなかったけれど、意識して観察しはじめれば、それに気づくのは簡単だった。

 修平の視線の先にいたのはいつも由紀だった。奈央ではなかった。修平は由紀を妹のように大事に想っているだけかもしれない。そう思い込もうともしてみたけれど、彼の表情ははっきりと物語っていた。由紀に恋していると。きっと修平に恋をしている奈央だから気づいたに違いない。奈央は自分の想いを表に出すことのないまま失恋してしまったのだ。


 子供の頃の失恋話なんて珍しくも何ともないだろう。けれど、奈央の場合、好きな人が想いを寄せる相手が悪かった。何しろ彼は自分の妹に恋をしているのだ。好きな人が自分ではない人に恋する姿をずっとそばで見なければならなかった。

 由紀はいつも奈央のそばにいたがったから、奈央は嫌でも彼らの恋を見届けるしかなかった。ずっとずっとそばにいたから、修平への想いを消すことなんて奈央にはできなかった。由紀が修平への恋心を自覚したときも、二人が付き合いはじめたときも、二人がその仲を深めていくときも奈央は修平への恋心を隠して、二人を応援し続けた。

 そうして婚約報告を受けている今も、修平への想いは消せないまま、二人を祝福するという何とも無様な状況に陥ったわけだ。

 奈央は自分の気持ちを悟られないよう必死に取り繕い、できるかぎり早く二人の前から離れて帰宅すると自宅で一人胸の痛みに耐えたのだった。
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