君のため、最期の夏を私は生きる
 2つ目。私が机に突っ伏しながら、早く痛みが消えてくれるようにと胃の真上部分のぷに腹をさすっている間に誰かに呼ばれたのか、警備員がやってきて女子たちを注意する。
 それから女子たちは「あのクソジジイくたばれし」とか言いながら、引いた椅子を戻さずそのまま出口に行くまでぺちゃくちゃ喋り続けていた。一体どこに、息継ぎなしで話を続けられるだけの言葉が詰まっているんだろうと、ほんの少しだけ羨ましいと思った。
 そして、それもしっかりと……私の疑問すらも記憶と同じ形で再現された。
 私は、これから起こる出来事を確かに知っている。
 そう仮説を立てたが、まだ確証が持てなかった。
 あと1つ。記憶と仮説が正しいのであれば、起こる出来事がある。
 もし、私の持ちうる記憶の全てが本当であるならば。
 できるならその記憶ごと間違いであり、これはデジャブであって欲しいという、相反する感情も同時にぶくぶくと音を立てて湧き出てくる。
 ……試してみようか。
 私は、記憶の自分と同じように、視線を机の上に戻してから、よだれでシワがほんの少しだけついたノートを開いた。
 B罫と呼ばれる6mmの幅を、定規と油性ボールペンの力で、さらに半分に綺麗に分けてから、3mmの幅の中にレシピを詰めていく。
 きっちりと、線の中に小さく完璧に次々納まっていく字を見て、私は達成感を覚える。
 ちなみにこれは、私が見つけたノートの節約法。自己肯定感も高まるので一石二鳥だと思っている。
 きっと、この空間に存在する制服姿の人間の中で、そんなことをするのは私くらいだろうと自嘲しながら、彼らの手元にある教科書や参考書、ライトノベルに雑誌にさっと目をやる。
 私は、あったはずの青春を持つその人たちを羨みそうになるのを必死で抑えるために、もう1冊レシピ本以外に持ってきていた本を手に取った。
 衝動を抑えるには、現実という理性で押さえつけるには丁度いい。
 そうして、記憶の中の行動と同じく、私が表紙をめくった時にそれはやはり起きてしまった。
 本が、陰る。
 私の目の前の席に、誰かが座る音がする。
 私が顔を上げる前に、シトラスの制汗剤の匂いがほんのり鼻をくすぐる。
 そして、私の視線の先に、あの本が置かれる。
 レポートを書くとか、テストの範囲に含まれるなど、学生ならではの事情でも無い限り、恐らくほとんど触れられることすらないテーマの本の表紙は、乱れ1つなくLED電球に照らされ輝いていた。
 これも、やっぱり同じ。
 ということは……。
 私には、目の前に座っている人間が誰か分かっている。
 このまま記憶通り行けば、私は顔を上げ、その人と目が合う。
 でも、今の私には、この記憶通りに進むのが怖くて仕方がなかった。
 何故なら、目の前にいるであろう人物こそ、8月31日に私と一緒に殺された私の彼氏、虹丘望であり、今日はこのまま行けば、彼に告白されるというビッグイベントが待ち受けていることになるから。
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