幽宥ハートブレーク 君とぼくが出会った場所へ
 青空圏といっても幅は測ることが出来ないほどで、長さも奥行きもまたこれまた端が無い。
「こんな所をさ迷うのか? いい加減にしてくれよ。」 「でも探さなきゃ私たちは永遠にこの空間でさ迷うのよ。」
「そりゃそうだけどさ、、、。 こりゃねえよ。」 葵は微かに光るヘッドライトのような物を見付けた。
「あれは確か、、、。」 「どうかしたのか?」
「サービスエリアを出た時に私たちを追い越していったnsxよ。」 「それがどうかしたのか?」
「私たちはヘアピンに掛かる手前でその車を追い越しているの。」 「だからそれがどうしたんだ?」
「その車は追い越し車線を走ってたのよ。」 「それで?」
「それが分かってたら死なずに済んだのよ 私たち。」 「なあんだ、ただの恨み節か。 恨むのは後にしてくれ。」
「ったく、、、もう。 聞いてないんだから。 死んでも変わってないのね?」 「変わってたまるかってんだ。」
「はいはい。 すいませんね。 恨み言ばかりで。」 先へ進んでいくと、、、。
今度は真正面から光ってくるヘッドライトが、、、。 「これは覚えてるよね?」
「知らないなあ。」 「私たちを弾き飛ばしたトラックだよ。」
「ふーーーん。」 ぼくが通り過ぎようとすると、目の前からトラックが走ってきた。
避けても避け切ることが出来ない。 それどころか、ぼくはずっと首を掴まれている。
「なんとかしてくれーーーーー! 放してくれよーーーーー!」 もがいてみてもトラックは離れない。
このままでは永遠にトラウマが残りそうだ。 気を失いかけた時、ぼくはやっと空間に放り出された。
「良太! 良太!」 葵の声が聞こえる。
ぼくはそっと目を閉じた。 次の瞬間、、、。
ぼくらは空高く弾き飛ばされた。 そしてそのままの勢いで海に落ちていった。
体が痺れてしまって動くことが出来ない。 狭い空間に閉じ込められたままで海に沈んでいく。
その空間に海水がものすごい勢いで入ってきて、あっという間にぼくらは溺れてしまった。 「こんな感じだったのか。」
「そうみたいね。 私たちは一瞬で動けなくなってしまったのよ。」 葵は恐怖に震えながらも懸命に事実を見ようとしている。
車は前方がグチャグチャノ状態で抵抗する暇も無く沈んでいった。 買ってもらったばかりなのに。
その空間をやっと抜け出すと目の前に見たことの有る風景が現れた。 「何だろう?」
目を凝らしてよく見るとそれは我が家だった。 母さんの狼狽した姿が見える。
「何ですって? 良太が事故?」 「そうです。 今、大学病院に搬送されています。 ご主人と共にいらしてください。」
事故の通報を受けた警察からの電話らしい。 「母さん! ぼくだよ! 良太だよ!」
でも母さんにその声が届く気配は無い。 「ダメだよ 良太。 私たちは死んでるのよ。 聞こえるわけ無いじゃない。」
「でも、、、。」 言い知れぬ孤独感がぼくを襲ってきた。
「あの時、ぼくが調子に乗らなかったら、、、。」 玄関のドアが開いた。
「あなた、、、良太が、、、、。」 「ああ。 警察から聞いたよ。 すぐに行こう。」
父さんも懸命に自分を抑えながら母さんと出掛けて行った。 先は集中治療室である。
 白い光がぼくらを眩しく包み込んだ。 病室のようだ。
「かなりの海水を飲んでいますね。 助かるかどうかは微妙です。」 出頭医も難しい顔をしている。
母さんは血の気が退いた青白い顔でぼくを見詰めている。 病室の天井では光の玉がユラユラと揺れていた。

 そこを過ぎるとしばらく暗いトンネルが続いていた。 何処へ向かっているのか分からない。
すると何処からか線香の匂いが漂ってきた。 祭場らしい。
ぼくと葵は小さい頃からの友達だった。 母さんたちも仲良しだったから同室で葬儀をやることになったらしい。
それぞれの友達やら親戚やらが集まってきて焼香をしたり談笑したりしている。 ぼくらは、、、。
 やがてお経を読む声が聞こえてまた真っ暗なトンネルへと入っていった。

 そのトンネルを抜けると広場である。 たくさんの人たちが何かを待っていた。
「君たちが進むのはこの道だよ。」 若い男が指差している。
無数に枝分かれした青い道。 矢印が所々に書いてある。
「この道を行ったらどうなるの?」 葵が不安そうに聞く。
「それは私に聞かれても分からないよ。 決めるのは君たちだから。」 男はニコリともせずにそう答えた。
 辺りを見回すと人々がそれぞれに示された矢印に沿って歩いて行くのが見える。 「行くしかないのか。」
ぼくは少々不満だったが葵を連れて歩くことにした。 ここから長い旅が始まりそうだ。

 最初の矢印の所へ来た。 「ここからどうする?」
「私は良太に任せるよ。」 「何だ、結局は俺任せか。 しょうがねえな。」
右側へ、そして真っすぐ、さらには真下へと矢印が続いている。
「どーれーにーしーよーうーかーなー? 天神様の言うとおり、、、。 よし、右に行くぞ。」
なんとか元気良く右へ回ったのはいいけれど、真っ暗闇で何がどうなっているのか、さっぱり分からない。
手当たり次第に壁らしき物を伝って歩いてるんだけど、いきなり出てきた柱に激突したり、穴に落ちたり、、、。
「ウギャーーーー、何だこりゃ? 何処まで行っても出口が見えないじゃないかよ。 どうなってんだ?」
「良太、、、私さあ、疲れちゃった。 休んでもいい?」 「いいけど置いていくぞ。」
「そりゃ無いわよ。 彼女を置いていくの? ひどーい。」 「しょうがねえだろうがよ。 行き先が分からないんだから。」
「良太っていつもそうよね。 分からないのにあれやこれやってぶつかって。」 「だから何だよ?」
「それで行き詰まったら私のせいにするのよね。」 「悪かった。 悪かったよ。」
少しずつ歩いてみる。 音も聞こえないし足元すら見えない。
真っ暗闇の中を心細くなりながら歩いていく。 どれくらい歩いたんだろう?
足元に光が見えてきた。
 「葵、あれは何だろう?」 「私に聞いたって分からないわよ。」
「そっか、、、。」 心配ではあるが、とにかく光が差す方向へ歩いてみる。
すると体育館ほどの広い空間に出てきた。 「ここは何処?」
「私は誰?」 「お前は山村葵だ。 忘れたの?」
「言ってみただけよ。」 「バッカみたい。」
「バカで悪かったわね。」 「怒るな怒るな。 可愛がってやるからよ。」
「こんな所で可愛がられたって困るわよ。」 「それもそうだ。」
ただただ広い空間が広がっている。 静かすぎて怖くなりそうだ。
ところが行っても行っても端が無い。 壁すら感じない。
「どうなってんだい? 端が無いじゃないか。 どうしたらいいんだよ?」 「行くしかなさそうよ。 とにかく行ってみましょう。」
女は度胸、、、とでも言いたいのだろうか? 葵はどんどん先へと進んでいく。
「おいおい、置いていく気か?」 「怖かったら来なさいよ。 私は行くわよ。」
すると、、、。 「キャーーーーーーー!」
前を歩いていた葵の姿がいきなり消えてしまった。 「葵! 何処だ?」
探してみるが見付からない。 焦っていると頭の上から声が聞こえた。
「君の足元を見てごらんよ。」 「足元?」
「そうだ。 そこに連れの女の子は居るぞ。」 言われたとおりに足元を探ってみる。
だが暗くてよく見えない。 「分からないじゃないか。」
「君は短気だなあ。 しっかり探せよ。 ちゃんと居るから。」 「そんなこと言ったって、、、。」
でも葵を見捨てるわけにはいかない。 手探りで探し回っていると小さな穴を見付けた。
やっと親指が入りそうなくらいの穴だ。 「こんな所に居るのか?」
耳を澄ましていると微かに葵の声が聞こえる。 泣いているのか?
その穴へ入ろうとするがなかなか入れない。 「入れないや。」
「君は女の子がどうなってもいいのか? 余計なことを考えているようだけど、、、。」 「余計なこと?」
「そうだよ。 その穴は純真な人じゃないと入れないんだよ。」 「葵、、、。」
ぼくは何も考えられなくなってしまった。
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