しゃぼん玉と約束

私の気持ち

〜湊月side〜

チーン。

仏壇の前に座って、私は手を合わす。

「ごめんねぇ、今日出張入っちゃってー。」
見慣れないお母さんのスーツ姿を見て、私は「大丈夫だよ。」と言った。

そのまま私は玄関に向かって、ドアを開けた。

今日もやっぱり気が重い。
あの時の後悔と罪悪感で頭がいっぱいだ。

3年前の今日、当時大人気で演技も上手かった俳優の橋本維月(ハシモト イツキ)が交通事故でこの世を去った。
橋本維月の本名は一ノ瀬維月。
そう、私のお兄ちゃんだ。

あの日は今日の天気とは真逆で雨だった。
私はお兄ちゃんと、妹の椅吏(イリ)と一緒に買い物に行ってたんだ。

お兄ちゃんが仕事でいつも忙しいから、久しぶりに一緒に行けて嬉しかったの。

雨でもお兄ちゃんとなら絶対楽しい、なんてランラン気分だった。
それがダメだったんだ。

信号が赤から青に変わって、横断歩道を渡っていた。

お兄ちゃんと椅吏のちょっと前をスキップしていた時、私の視界にものすごい勢いで走ってくる車が見えた。

やばい、死ぬ!、、
そう思った時だ。

ドンッ!
と鈍い音がして、私の身体は飛ばされた。

でも車の衝突ってこんなに痛くないものなの?
そう思って目を開けた先に見た光景。

車の前に血を流して倒れていた人、それは間違いなくお兄ちゃんだった。

お兄ちゃんは私をかばって、享年17歳で他界した。


私のせいだ、ずっとそう思ってきた。
いい加減気持ちを切り替えろって、椅吏からはずっと言われ続けてる。
でも、簡単にはできないの。

窓に当たって弾ける雨粒。

好きな古文の授業も今日は集中できていない。

はぁ、。

「み、湊月、大丈夫?」
と、後ろから珠莉が聞いてきた。
「あーうん、大丈夫だよ。」
私は珠莉に心配かけたくなくてそう答えた。

「無理しないでね。」
「うん。」

結局今日もモヤモヤした1日だった。

私は一生こうやって毎年この気持ちを抱えながら生きていくのかな。

私はリュックを下ろして、近くの川辺に座った。
肌寒い風が私の横を吹き抜ける。

「なんでああなったんだろう、」

その言葉を言った瞬間、まぶたが熱くなってポロッと涙が落ちた。

「お兄ちゃんとたった、たった12年間しかいられなかった、、。もっとお兄ちゃんの演技が、見たかった。なのに、なのに、、」

考えれば考えるほど、思い出せば思い出すほど涙が止まらなくなる。

私のせいだから、全部、

芸能界にも家族にも必要だったお兄ちゃんを、私はっ、

「、、湊月?」

この声。

「瑠木?」

私が後ろを振り向くと、そこに居たのは瑠木だった。

「大丈夫か?」
「うん、」

瑠木はこっちに向かってくると、荷物をおろして私の隣に座った。

「湊月泣くなよ。綺麗な顔が台無しだぞ。」
「え、」

瑠木はそう言ってハンカチで目元をおさえてくる。
急に優しくされたのと、瑠木の顔が近かったのとで私はびっくりした。

瑠木って、こんなにかっこよかったっけ?
ドキッとした気がするけど、それはほんの一瞬で、勘違いだったんだと思った。

「維月くんのことだろ?」
瑠木はやっぱ気づいてたんだと思い、私は頷いた。

「絶対にお兄ちゃんは私を恨んでる。湊月のせいで死んだんだって。」
私は涙を我慢しながら言った。

「なわけねーだろ。維月くんが湊月をかばおうと思って行動したのに。恨んでるなんてただの思い込みだ。」

その瑠木の言葉に私は確かに、とも思う。
お兄ちゃんはかばいたくて私をかばった。

なのに恨むなんて、普通しない。

「それに維月くんは湊月のことが大好きだったんだ。だから湊月が死ぬほうが嫌だったんだと思うよ。もう過去には戻らないんだ。考えすぎも良くないよ、湊月。」

瑠木の言っていることは決して間違っていることではない。
椅吏にも言われたように気持ちを切り替えなきゃ。

「俺は、元気で楽しそうにしてる湊月の方が好きだよ。」
「え、。」

その言葉に私は驚いた。
それに今日の瑠木、なんか変、?
でも優しくしてくれてるってことだよね。
なんか嬉しいな、。

「あ、ありがとう。瑠木。」

瑠木に言われて思ったことがある。
今まで、私は、自分の解釈を信じ込んでいた。
もうどうしようもできない過去を後悔して、自分を責めて、周りに心配かけて。その状況をつくっていたのは、自分自身が原因だった。
そんなことに私は3年経った今、ようやく気づいた。
瑠木に言われなければ、私はずっと同じことを繰り返してたかもしれない。いや、絶対繰り返してる。
自分が今まで、お兄ちゃんに失礼なことをしていたことを謝りたい、そう思った。

「瑠木も来てよ。」
「何でだよ。」
「いいから一緒に行こ。」

緩い坂道を登って着いたのは、墓地だ。
お兄ちゃんに伝えるんだ、今の気持ちを。
瑠木の腕を引っ張って、お兄ちゃんのお墓の前に来た。
その場にしゃがんで目を瞑り、手を合わせる。

今まで私は、自分の解釈だけで生きてきた。
毎年この日になると、1人落ち込んで、元気が出なかった。けど、そういうこと、もう辞める。
お兄ちゃんの分まで、私、前を向いて頑張るよ。
お兄ちゃんが守ってくれたこの命、大切にするよ。
ほんとにほんとにありがとう、お兄ちゃん。

私とお兄ちゃんはいつだって一緒。
これはお兄ちゃんが教えてくれた言葉だ。
これが本当なら心も通じ合ってるよね。

私はそっと目を開けた。
すると、隣で同じように手を合わせた瑠木がいた。
びっくりしたけど、真剣な表情だった。
瑠木もお兄ちゃんに何か伝えたいことがあったのかな?


「今日はありがとね瑠木。おかげで明日からまた頑張れるよ。」
私たちは家の前に着いた。
墓地から結構離れてる距離の団地に住んでるけど、瑠木と話しているとすぐ着いたように感じた。

「明日は元気いっぱいの湊月が見られることを期待してる。」

微笑みを浮かべた瑠木に私は元気に「うん!」とうなづいた。

「じゃあな。」
「また明日ね。」

瑠木と別れて家に入った私は靴を脱ぎながら、「ただいま。」と言った。
リビングの電気がついてないから、みんかもう2階にいるのだろう。
そっと階段を上がって、部屋のドアを開けた。
そのままベッドに、ぼふっ、と倒れ込んだ。

私は新しい悩みができたかもしれない。
気のせいだと思ってたけど、これはもう明らかに違う気がする。

瑠木って何であんなに、かっこいいの?
私、もしかして瑠木のこと、、



好き?
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