いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「篠原は? あいつ、クラスメイトのことよく観てるし、詳しいでしょ」

「それが……篠原にも、わからないと言われてしまってなぁ」

 あの日、篠原も教室にはいたのだが、突然のことで流石の篠原も何が起きたのか分からないようだった。それもそうだ。突然クラスメイトが刃物を振り回すなど、誰が予想できただろう。

 悠真は増田の話を聞いて、悲しげに目を伏せた。

「責任感じてんのかな。篠原(あいつ)のことだから」

「あぁ。まぁな」

 篠原が優秀な学級委員であることは確かだが、それでも把握しきれないことはある。特に女子間の問題は、男子生徒では見えにくい。篠原が気にするようなことではないと思うが、責任感の強い彼のことだ。思い詰めていないか心配だった。

 悠真は増田の話を聞くと、少し考えるような表情をした。

「安藤さん、高木から色々とキツく当たられてたみたい。悪口の件もそうだけど」

「高木がか? あいつは人に当たるようなやつじゃないと思ったが――?」

 増田から見た高木は、はきはきとしていて裏表のない生徒だった。友人関係も良好で、少々喋り好きすぎるところもあり、授業中に注意されることもあったが、けして不真面目な生徒ではない。そんな高木が、他の生徒に対して当たるような態度をとっていたとは意外だった。

「高木のやつ、最近かなりイラついてたから。勉強のことで親のプレッシャーきついって愚痴ってたし。まぁ、高木ん()は色々と厳しいみたいで」

 三年になって急に勉強のことで親が干渉しはじめ、そのせいで子供がストレスを受けることは珍しくはない。高木は授業には出席しているし、宿題も問題なく提出している。成績も中より少し下ぐらいで取り立てて問題視するほどでもない。近所の公立高校を受験する程度なら、過度に心配する必要はないはずだった。

「それで、さすがに我慢できなくなった安藤さんが、高木にキレたんじゃないかな」

「……なるほど、そういうわけか」

 悠真の話を聞いて、ようやく合点がいった。高木が安藤に当たっていた事が原因ならば、勉強のことでプレッシャーをかけすぎないよう高木の親に話す必要がある。そもそも安藤も、そんなことがあったなら増田に相談するべきだった。思い詰める前に相談してさえくれれば、高木に注意することも話し合うこともできたはずだ。

 いくら怒っているからと言って、悪ふざけでも刃物を振り回してはいけないだろうと、増田は内心憤慨した。

「安藤さんはどうなるの? 落ち着くまでは、このまま教室にもどるなんて無理でしょ?」

 悠真の心配そうな表情を見て、増田はどこまで話すか悩んだ。悠真はノリは軽いが軽率な生徒ではない。ここで話したことを無闇に言いふらしたりはしないはずだ。

「しばらくは、教室で授業を受けるのは無理だろうな。とりあえず、別室登校をすすめるつもりだ」

 安藤のあの様子では、現状それくらいしか出来ない。

「西田くん、教室に復帰できんのかな」

「それがなぁ。本人は元気そうなんだが、教室復帰の話になるととたんに戻りたくないと言い張るんだ。何度も説得はするんだがな。スクールカウンセラーの先生が焦らせるなというから、今はまだ様子見といったところだな」

 相談室ならば自分のペースで勉強ができる分、勉強に不安がある西田からしてみれば居心地がいいのだろう。教室に戻りたくないと思うのは理解できる。しかし、だからと言ってこのまま教室に復帰させないわけにはいかない。

 増田は、溜息を吐きつつ頭を振った。

「一体、うちのクラスはどうなっているんだ。安藤といい西田といい――」

 こんなに問題が多いのは、うちのクラスがはじめてだ。

「篠原は頑張ってるよ。毎日毎日。それこそ、他人の問題まで背負い込んで」

 悠真は静かな声色で言った。

「でもあいつ、何でもひとりで問題を抱え込むみたいで、俺も心配なんだよね。困ってんなら、相談してくれればいいのに」

「あいつ、何か悩んでいるのか?」

 悠真がもらした言葉に、増田は眉をひそめた。

「あ、いや。悩みって言うか……」

 まずいことを言ってしまったと思ったらしい、言い淀む悠真を、増田は腕を組んで睨みつけた。

「篠原が、何を悩んでいるというんだ?」

 これ以上、問題があっては困る。再度増田が尋ねると、悠真は観念したように背中を椅子に預けて座った。

「よく考えたら、安藤さんと高木の件、篠原が知らないはずはないんだよね。時々、安藤さんと二人で話しているのを何度か見たことがあって、相談にも乗ってたみたいだったから……」

「篠原はそんなこと一言も言ってなかったぞ?」
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