いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
 必死に発した言葉はそれだった。咲乃を睨むと、手を挙げたのは神谷だった。

「はいはいっ、俺でーす! 俺がずっと隠れて撮ってましたー!」

「だからどうやって!」

 神谷の素っ頓狂な言い方に苛立ち、声を荒げると、咲乃は静かに答えた。

「俺がどうやって神谷に助けを求めたのか。または、どうやって神谷が場所を知ったのか、でしょう?」

 そう、その両方だ。

 悠真は固唾を呑んだ。ボウリング場の地下駐車場を使うと決めたのは前日の夜だった。村上に西田を連れてくるように指示し、その後計画を日下たちにLINEで知らせた。別室登校により、通常の下校時刻よりも早めに帰宅する西田を捕まえさせてボウリング場へ連れていき、悠真たちが来るまでそのまま待機させたのだ。
 悠真が咲乃を誘うまで、咲乃は西田が囚われていることを知らなかったはず。移動中、誰かに連絡できる状況に無かったし、その様子もなかった。

「新島くん、散々言ってくれたでしょう? 俺は何でも一人で無理をし過ぎるって。西田くんにも、俺は大丈夫だって言うときほど大丈夫ではないんだって言われて。結構痛いところ突いてくるなぁって、反省したんだよ」

 悠真が西田を見ると、西田は戸惑った顔をしていた。西田も話の流れがよくわかっていないのだ。

「だから、今回は助けてもらう事にしたんだ。このクラスでもう一人の、許されている(・・・・・・)人間に」

 咲乃は、悠真からすっと視線を外す。その視線を追うように、悠真も視線を動かした。その先にいたのは、日下(くさか)だった。

「……!?」

 日下が裏切った。衝撃のあまり言葉が出てこない。

「たまたま日下くんと一緒に帰る機会が出来て、その時に聞いたんだ。新島くんとは保育園の時からの幼馴染なんだって」

 咲乃はじっと悠真を見て言った。

「このクラスで自由に行動できる人間はごく僅かだ。ほとんどの人間は、新島くんの顔色を窺っている。下手に目立てば周囲の反感を食らうし、新島くんに切り捨てられれば、クラスに居場所はない。しかし、僅かな人間だけは、新島くんに権限を保証されている。それは、散々新島くんとは反対の行動を取っていて許されていた俺であり、そしてもう一人が、新島くんの幼馴染で唯一の親友である日下くんだった」

 悠真にとって、日下は最も信頼してきた仲間だった。小林や、中川たちではけして補うことのできないほどに。それは兄弟のようであり、家族にも思えるほどの強い絆があった。

 悠真は、日下が咲乃に対して不信感を抱いているのを知っていた。そして時々、悠真の過剰な行動を咎めることもあった。
 日下の立ち位置は中立的だったが、悠真が何かをするときは必ず付き合ってくれた。しかし悠真は、自分のせいで日下に迷惑をかけるのは嫌だった。咲乃とのゲームの事も、日下には自由に抜けて良いと伝えていたくらいだ。

 それでも、日下はすべて承知したうえでついてきてくれた。だからこそ、彼がなぜ裏切ったのか、悠真には全く理解できない。

「日下くん、ずっと新島くんを心配していたんだよ。誰かを傷つけるたびに傷ついているきみを、助けたいと思ってもどうすればいいか分からないって」

 日下は苦しそうな顔をしていたが、それでも悠真から目を逸らしたりはしなかった。何か言いたげだったが、堪えるように口を引き結んでいる。

「俺が相談に乗れたらよかったんだけど、日下くんに嫌われているみたいだったから別の相談相手を紹介してあげたんだ。神谷は意外に面倒見がいいし、助けになるかと思ってさ。本当に困ったときは、神谷(こいつ)を頼れってね」

 悠真は怒りで頭が真っ白になりそうになりながらも、必死で冷静を保っていた。

 相談相手。そんなものはもちろん、日下に神谷の連絡先を登録させるための口実だ。日下も馬鹿ではないから、咲乃が自分に何をさせたいかは分かっていたのだろう。

日下(そいつ)から連絡が来たのは、ちょうど掃除ん時だったぜ」

 神谷が言った。

「篠原が危ねぇって連絡来たから、急いで兄貴に電話して迎えに来てもらったんだ。そんでバイクで先回りして、誰にも見つからねーように真っ暗の中廃車でずっと撮ってた。汚ねぇし、臭ぇしもう最悪だよ。でもまー、おかげで楽しませてもらったけどな」

 悠真は、必死に激高に耐えていた。日下に対する怒りではない。裏切ることでしか悠真を止める術が無かった、日下の気持ちは理解できる。
 では、自分は何に怒っている。自分を嵌めた咲乃か。この状況で楽しんでいる神谷か。そうではない。悠真は自分に怒っていた。咲乃を侮った、自分自身に怒っていたのだ。
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