幼なじみが犬になったら、モテ期がきたので抵抗します!
 穂波君は通り道だから、と言ってわたしを家の前まで送り届けてくれた。
 そして、また明日と言って笑顔で去って行く。
 その姿を見送りながら、さっきと同じ事を思う。
 やっぱり、どこかで見たような……。

 思い出そうと、穂波君の背中を凝視していると、
『見とれるなよ!』
 幸太郎から不服そうな声が上がる。
「え?何、見とれるって」
『カズシのことだよ、さっきからチョー見てる』

「ああ、何か穂波君を見ていると、思い出せそうで思い出せない。何か歯にはさまったみたいな気分になるんだよね。で、見てるんだけど」
『げ……マジで?』
「な、何でそんな嫌そうなの?」
『今すぐその記憶封印するんだ、ミサキ!』

「封印するも何もまだ何も思い出してないんだけど……。コータロー何か知ってるの?」
『あたりまえだろ、ライバルの名を忘れるわけがない!』
 幸太郎は芝居めいてそう言うけれど、わたしには何が何だか……。

「意味が分からないんですけど……」
 わたしがそう言うと、幸太郎は黒く丸い目でわたしをじっと見上げてくる。
 真剣な眼差しだった。

『ドッグブルー、またの名を犬飼爽……。この名に覚えは?』
「誰それ?」
 わたしがそう言うと、幸太郎の目から緊張が解けるのが分かった。
 わたしもとうとう犬の表情を読む技術を身につけ始めたみたいだ。
 悲しいことに……。

『覚えてないなら、覚えておく必要がないってことだな、うん!』
 幸太郎は俄然明るい声になって、尻尾をぶんぶんふる。
 何がそんなに嬉しいんだろう。
『今言ったことは忘れてくれ!じゃあ、またなミサキ!』
 そう言って、尻尾ふりふりまほりの家へと去っていった。
 そんなにベルガモットに会うのが嬉しいのかな?
 半殺しにされたのに。

「変なの……」
 でも、その名を聞いたとき、確かに心の中に小さな引っかかりを感じていた。
 犬飼爽。
 誰だっけ?わたしにとって、そんなに重要な人物だったのだろうか。

 だとしても、今覚えていないなら、そんな大して重要じゃなかったのかもしれない。
 それに今は、幸太郎を早く元に戻す方法を考えるほうが先だ。
 わたしの平凡な日常を取り戻さなくては! 
 平凡万歳!
 握り締めた左手にそう誓って、わたしは家に入った。
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