大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて

想いの在り方

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 大魔導士シンシアは長らく弟子をとらなかった。
 それは不老長寿の彼女にとって自己防衛の一つで、身近に【普通に年老いる人間】を置かないことで遺される寂しさを軽減するためだった。

 しかし彼女は、大魔導士として遠征に出た先で一人の少年と出会い――彼を弟子にする。
 その少年の名前が書かれた記録は残されていない。

 やがてその弟子は美しい青年に成長し、他国の姫からも思いを寄せられるような美貌を手にしていた。
 絶世の美女に告白されても彼は無表情で心を寄せなかった。
 彼はただ、師匠だけを慕っていた。

 しかし大魔導士シンシアは彼の想いに応えることは無かった。
 大魔導士シンシアへの執着心を捨てきれなかった弟子は、禁忌の魔法を編み出した。

 ――それが後に、忠誠を誓わせるのに用いられた契約魔法。

 弟子は大魔導士シンシアに、この魔法を使わせたがった。

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「――契約魔法の本当の恐ろしさは、来世でもまた巡り会うということだ。姿が変われど魂を永遠に捕らえられるよう、運命を歪める術式が編まれているらしい」
「そんなことができるのですか?」
「あくまでこれはおとぎ話だ。恋愛物語が好きな令嬢たちに向けて脚色された話だよ」

 この話のどこまでが真実なのかは誰もわからないらしい。どうやら、平民の間で伝わっている噂話が後世に残って恋愛物語にされたようだ。

 おじいさんと別れてすぐに、エドが訪ねてきた。

「フィーは大魔導士シンシアの弟子のことをどう思う?」
「一途な方だと思いました。禁忌に触れるほど強く大魔導士シンシアを愛していたのでしょうね」

 弟子であるのなら、目の前にいる師匠に恋焦がれてさぞかし辛かったことだろうと思う。
 近くて遠い、手の届かない人を想い続ける苦しみを知っているからこそ、親近感を覚える。
 
(わたしもいつか、その弟子のようになるのかしら?)

 いつの間にか手は首元にある金の環に触れていた。
 ひんやりと冷たい金色の環。それでも、触れていると胸が温かくなり、幸せな気持ちになる。

(エドとの繋がりだと思うから、温かくなるのだわ)

 契約魔法を交わしたあの大広間で、エドがこの魔法を使うのを非難する人間もいたが、わたしはこの魔法を使ってくれたエドに感謝している。
 
 契約魔法による見えない繋がりは、誰にも奪われることがないから。

「わたし、その弟子の気持ちが少しわかる気がします」
「……」

 エドの手が金の指輪に触れている。それが、エドもあの魔法のことを思い出しているようで嬉しい。

「どのような手段をとっても、どのような関係性になっても、愛する人とは繋がりを絶ちたくないですから」
「……たとえそれが、己の身分を失うことだとしても?」
「ええ、そうなってでも愛する人とは一緒にいたいものです」

 柔らかな沈黙が降り、わたしたちは見つめ合う。
 エドの手がゆっくりと持ち上がる。触れられたいと期待したその時、空気を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。

「火事だ!」
「魔道具の工房で発火したらしい!」
「中に人がいるぞ!」
「魔法の炎だから水では消えない!」

 周囲は騒然としており、悲鳴や怒声が飛び交っている。

「フィー、ここにいてください。すぐに戻ってきますから待っていてくださいね」
「はい、わたしは大丈夫ですので気にしないでください」

 頷くと、エドは火事が起こっている方へと駆けていく。

(大丈夫だとは言ったけど――)

 一人になると不安が押し寄せてくる。イヴェールにいた頃でさえ街を歩いたことがなかったわたしにとって、ここは未知の世界だ。

(イヴェールの王都には怖い人買いや乱暴な傭兵がたくさん潜んでいるとお姉様の侍従が言っていたけれど、エスタシオンの王都はどうなのかしら?)
 
 身を小さくしてなるべく目立たないようにして待っていると、頭の上から影が落ちてくる。

 視界に映るのは、騎士が身に付けるマントの裾。
 はたりと揺れるその布に、恐怖心が生まれる。

「ひいっ」

 身を震わしつつ振り向くと、グランヴィル卿が背後に立っていた。

「姫さん! どうしてこんなところに居るんだ?」

 彼は手馴れたように私の手を取り、立ち上がらせてくれる。
 相変わらず彼の騎士服を見ると身震いしてしまうが、見知った顔が現れて少し安堵した。
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